第51話 誕生日前夜

 時はキキーリアの誕生日前日――俺は仕事上がりに単身、キキーリアの部屋まで遊びに寄っていた。

 いよいよ誕生日を前日に迎えて、不安がっているだろうと思いカー子も誘ったのだが、用事があるので一人で行ってあげてください、と言われてしまった。薄情な奴である。


 ノックをして部屋へ入ると、キキーリアが出迎えてくれた。

 彼女は先日プレゼントしたマフラーを今も大事そうに、首に巻いていた。


「あれ……? カー子さんは……?」


「ああ、あいつなら用事があるから一人で行けって言い残して行っちまったよ。薄情なやつだろ?」


「ふふっ……ありがとうございます……」


 カー子の文句を言っただけなのだが、何故かお礼を言われてしまった。

 それはさておき、部屋に入ると俺は勧められるままに椅子へと座ってキキーリアと向かい合う。


「いよいよ明日だが、怖くないか?」


 何を馬鹿な質問をしているのだろうか。怖くないわけが無いのだ。

 しかしキキーリアは再度ふふっと笑うと俺の目を見つめて言った。


「大丈夫ですよ。私には……凄い魔法使いさんがついていますから」


 その真剣な目線と表情に、俺は顔が熱くなってしまっている事を自覚してしまい、ブンブンと左右に首を振ってみせる。

 イカン、イカン……不覚にも見入ってしまった。確かにキキーリアは美少女だが、まだ十四歳になろうという女の子なのだ。俺とは一回り近く年の差がある。

 俺は断じてロリコンでは無い、彼女は妹。そう頭の中で復唱して雑念を消し去ると、再びキキーリアと向かい合う。


 よく見れば、笑いながら俺を信じると言ってくれた彼女の手は微かに震えていた。

 俺はその手を取ると、彼女を引き寄せた。


「タ、タカシさん……!?」


「大丈夫、約束は必ず守るから……必ず……」


「は、はい……」


 ふと背後からガチャリと音が鳴った。キキーリアの部屋の扉が開かれる音だ。


「タカシ……貴方……」


 聞き覚えのある声に振り向いてみれば、そこにはこめかみに青筋を浮かべたカー子が、仁王の形相で立っていた。


「カ、カー子……? お前なんで? 用事があるんじゃ?」


「気を利かせて暫く時間を空けて来てみれば……一体何をしているのですか」


 俺はカー子に指摘されて改めて部屋の中を見渡す。

 ここはキキーリアの部屋。

 二人きりの空間で椅子から立ち上がった俺。

 俺に引き寄せられて胸の中でテンパっているキキーリア

 あ、これアカン奴や……


 先日の泣きながらの感動シーンとは違い、シラフの状態で俺に抱き寄せられて、完全に泡を食っているキキーリア。

 今もカー子が現れたと言うのに、俺の胸元から離れようとせずにぐるぐると目を回している。


「それで? タカシ……何か言い残す事は?」


「ちょ、チョット待ってくれ。キキーリア、そうだキキーリア。カー子に説明してやってくれ」


 俺は慌ててキキーリアに助け舟を求める。しかし俺は忘れていた。キキーリアは今、完全にテンパっているという事を。


「は、はい。その……や、優しく……優しくして下さいッ!」


 キキーリアの誤爆にも程がある発言によって部屋の空気が硬直する。

 俺は背後から迫る気配――そう、あの時親研究施設で感じた殺気それと同等の圧迫感を感じて、咄嗟にキキーリアを離して振り返る。

 そして殺気は、暴力という名の形を伴ってすぐ目の前まで迫っていた。


「成敗ッ――!!」


「たわば!!」

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