第31話 教えてカー子先生①

 そんな訳で休日を利用して朝からゴーグレの町を出た俺達は、以前ワイバーンと遭遇した西の草原を訪れていた。

 町から十分に距離を取った所で、辺りにも人の目が無い事を確認すると、カー子は草木が生えずに地面が剥き出しになっている場所を見つけて俺に手招きする。


「さて、おさらいになりますが魔法の原理は覚えていますか?」


カー子はさっそく問題を投げかけてくる。それに対して俺は、以前森の中で出会った際に魔法と魔眼の違いを説明された時の事を思い出しながら答えた。


「えーと、魔力を含んだ人間の血液を媒介にして、『世界の意志』に干渉して一定の力を借り受けて行使する術式……だったか?」


「まあ概ねその通りですね。正確には脳内で行使する魔法に対応する魔法陣を構成、その魔法陣を空間にイメージして魔力を送り込みます。そうする事で『世界の意志』へと干渉して魔法陣の形と使用した魔力に応じた属性と効果、威力を持った魔法と呼ばれる力をこの世界に顕現させる。それが魔法という術式になります」


 そう言いながらカー子はどこから拾ってきたのか木の棒を使って、至ってシンプルな円陣を四種類、地面に描き出した。


「この4種類の魔法陣がそれぞれ四大属性、火、水、風、土の魔法陣における属性の模様ですね。他にも種類は有りますが基本となるのはこの四属性になります」


 そう言ってカー子は四大属性の名を呼びながら、一つずつ円陣を木の棒で差していく。

 

「このシンプルな円陣が魔法陣なのか? カー子が魔法を使っていた時のモノに比べると随分と単純に見えるが」


「これは属性の指定だけですね。実際に魔法を使うには、更にこの円陣に具体的にどういった使い方をするのか、方向、威力から実行に至るまで術式を描き込んで魔法陣の完成になります」


 説明をしながらカー子は、四つの円陣に同様の術式を描き加えていく。

 相変わらずシンプルではあるが、先程よりは幾分か魔法陣らしい模様をした円陣が四つ出来上がる。


「タカシ、それぞれの魔法陣に血を一滴ずつ落としてみて下さい」


「了解だ」


 そう言われて指先を小さく斬り付けて、それぞれの魔法陣に一滴ずつ血を垂らしていくと、火の魔法陣からは火が燃え盛り、水の魔法陣からは水が湧き上がり、風の魔法陣からは風が吹き上がり、土の魔法陣からは垂直に土が盛り上がってきた。


「おお!」


 今まで見てきたカー子の魔法に比べれば本当に些細な現象ではあるのだが、改めて無から有が生まれるという異世界の不思議を目の当たりにして、俺は思わず感嘆の息を漏らす。


 四つの魔法陣を眺めていると、まずは殆ど時間が経たない内に火が鎮火してしまった。続いて少し時間を置いて水が湧き出なくなり、最後にかなり時間を空けてほぼ同時に風が止み、土が崩れだした。


「成程、タカシは風と土属性に相性が良く、水は少し苦手程度。火属性に関しては殆ど才能が無いようですね」


 全ての魔法陣が、その動きを停止した事を確認すると、唐突にカー子が俺に対する診断結果のような事を告げてきた。


「え? どういう事? 今何か調べられていたの?」


「そうですね。今の魔法陣は対象の人物がそれぞれの属性に対して、同じ魔力量でどれだけの力を効率よく引き出せるか、属性毎の相性を調べる為の魔法陣です。長持ちすればする程相性が良いという訳で、先程私が述べたのは、タカシの四大属性に対する相性の結果ですね」


「と言うことは……?」


 先程の結果から嫌な予感はしていたのだが、俺は縋るようにカー子を見返し問い直す。


「魔法を覚えるのであれば風属性と土属性の二種類に絞って習熟していくのが良いでしょう。少なくとも現状火属性の習得は諦めた方が良いかと……」


「そ、そんな……」


 そう言われて俺は愕然とする。このゴーグレの町に置ける魔法使いとしての俺のイメージは、ワイバーンを一撃にて焼き払った凄腕の魔法使い、『炎獄の魔道士』としての印象が既に定着してしまっている。


 その魔力適正Aランク、『炎獄の魔道士』様が実は火属性の魔法に適正が無く使えないなどと知れたら、肩透かしの笑い者もいい所だ。


 元々はカー子の”限定解除”と元精霊という身元を誤魔化す為に付いた二つ名ではあったものの、実際俺自身がこの世界に来て以来、尤も身近でその威力と光景を目の当たりにしてきたのが、精霊状態のカー子が使う火属性魔法だった。


 故に、何を隠そう火属性魔法こそが、俺の異世界に置ける男の浪漫、一番使ってみたいと思っていた魔法だったのだ。


 さっそく出鼻を挫かれた俺が、意気消沈して項垂れていると、後ろからカー子がポンポンっと肩を叩いてくる。俺の様子を見兼ねて慰めの言葉でも掛けてくれるのだろうか、彼女の方へと向き直ると――


「ま、まあ火属性魔法に適正が無かった事は残念でしたが、人には向き不向きというモノがあります。ここは気持ちを入れ替えて風属性と土属性魔法の習得に尽力しましょう。ね! 火属性の使えない『炎獄の魔道士』さ……んっ……ブフォ……!」


 そう言って途中までは良い事を言っていた様に見えたカー子だったのだが、言いたい事を言い切るや否や、俺の肩に手を乗せたまま反対の手を口に当てると、顔を背けてプルプルと肩を震わせているのだった。


 こ、こいつ……さては冒険者ギルドでの適性検査やワイバーン討伐時に俺だけ称賛されて自分ばかり恥を掻いていた事を根に持っていたな。


(大精霊なんぞと名乗っていた癖に、なんて器の小さい奴だ!)


 そう心の中で悪態をつくと、馬鹿にされて頭に血が上った俺は、カー子に向かって怒りのままに宣言する。


「良いだろう。風属性と土属性、極めに極め尽くして度肝を抜いてやるからな!」


 怒りのままに決意を改める俺を余所に、一頻り笑い終えたカー子は咳払いを一つしてこちらへ振り返る。

 そしてすっかりやる気になった俺の様子を見ると、――


「そうそう、タカシは落ち込んでいるよりもそれくらいの方が良いんですよ。それではしっかりと度肝を抜いてもらえるように、スパルタで魔法の特訓を再開しましょうか」


 ――ニッコリと唇の両端を釣り上げながら、特訓の再開を宣言するのだった。

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