第53話 類は友を呼ぶ

「キキーリア? おい、キキーリア!」


 誰も居ない部屋の中心で少女の名を叫んでみるが、当然返事は返ってこない。

 流石の俺も「なんだトイレか」などと、見当外れの推測をしたりはしない。


 攫われたのだ。

 誕生日と重ねて明日の日中に偽魔法医の一団がやって来るという情報を鵜呑みにして網を張っていたつもりが、逆に出し抜かれた形になる。


「くそっ!」


 俺は拳で机を叩きつけると、財布を回収して駆け足で部屋へと向かった。


「カー子、キキーリアが攫われた!」


 勢いよく扉を開けて自分の部屋へと入ると、そこには数名の招かれざる客がカー子を取り囲んでいた。


「どうやらそのようですね」


 見ればカー子は、数名の武装したレーカス商会警備部門の同僚によって取り囲まれていた。

 数えてみれば、五、六、七……計八名もの人数が俺の部屋へと押し寄せていた。

 冷静を装ってはいるが、流石のカー子も”限定解除”無しではこの人数は相手に出来ない。

 状況は圧倒的不利といえるだろう、正直詰んでいるかもしれない。


「お二人には現在、レーカス商会の機密情報施設への無断侵入、及び盗難の疑いが掛けられています。無駄な抵抗はせずに速やかに拘束、連行を受け入れて下さい」


 この人数差をひっくり返す手段は現状持ち合わせていない。

 ここで無駄な体力を消耗する訳にはいかない俺達は、どこかで”限定解除”を行えるだけの隙が生まれる事に賭けて互いに顔を見合わせて頷くと、一時的に拘束を受け入れる事に甘んじた。


「おい、一体どこに連れて行かれるんだ?」


「お答えできません。また、少しでも魔法を発動させる素振りを見せれば、容赦なく意識を奪います」


 俺の事を『炎獄の魔道士』として認識している同僚達は、人数差さえあれば接近戦であっても抑え込む事が可能なカー子よりも、寧ろ俺の魔法を警戒しているらしい。

 完全に勘違いなのだが、そんな僅かな誤解ですら今の俺達にとっては、付け入る隙として利用する事すら叶わなかった。


 せめて、せめて何かあと一手あれば……

 部屋を出て暫く歩くと、館の奥から更に二名、警備員の格好をした者達が向かってくる。

 更に悪くなる状況に加えて、俺は合流したを見て思わず舌打ちをしてしまう。


「おう、ご苦労さん。二人共部屋の方に居た訳かい。俺達の屋敷内捜索は無駄足に終わったな」


「アルス、セイコム……」


 見知った二人の友人ではあるが、今は敵対関係だ。俺は更に人数が増えた事により、いよいよ焦り始める。


「悪いねぇ君、ちょっと場所変わってくれない? 一応そいつ俺の友人なんだわ。最後にお別れくらい言いたくてねぇ」


 軽いノリで俺へと近付いてくるセイコムに苛立ちを覚える。


「おい、俺達は無実なんだ! 今すぐ開放しろ!」


「おいおいタカシちゃーん。いくら友人とはいえ、無実だと主張された位で拘束した容疑者を開放していたら、俺達商売上がったりなのよぉ、分かるぅ?」


 ウザい口調で安い挑発をしながら、セイコムが俺の首へと腕を回して顔を近づけてくる。


 そして――


(……おい、五つ数えたら挑発する……そしたらキレた振りして注意を集めろ)


 一瞬何を言われているのか解らなかったのだが、視界の端でカー子が小さく頷いたのが目に入り、俺は状況を理解出来ないまま、無理やりセイコムの言葉を受け入れる。


「全く、商会長のお情けで拾ってもらった給料泥棒の分際で、恩を仇で返すとは正にお前の事だな。この恥知らずがよぉ!」


 来たか! 心の中で五つ数えたタイミングで、丁度セイコムが俺の胸ぐらを掴みながら分かりやすい挑発を仕掛けてきた。

 それに乗じて俺は全身全霊を持って周囲の注意を引き付けるべく行動に出た。


「てめぇ! 上等だ、今すぐこの場で燃やしてやるよ! 『炎獄の炎よッ!』」


 そう言って使えもしない架空の魔法を、あからさまに分かりやすく唱えながら、俺は手の平に魔力を集中させる。

 連日のカー子との特訓の甲斐あって、未だ魔法陣を生成して魔法を放つ事は出来ないが、手の平に魔力を集めて既に出来上がっている魔法陣に任意で魔力を送り込むくらいの事は、俺にも出来るようになっていた。


 そして俺ほどの高ランク魔力適正者が手の平に魔力を込めれば、それは一端の魔法使いが術式沿って魔法を展開するよりも、魔力が膨れ上がり周りの者を錯覚させる。


「貴様! 魔法をっ!」


「許可は出ている! やれ!」


 周囲を取り囲んでいた八名の警備兵達が、一斉に俺に向かって武器を構える。

 瞬間、俺の視界からセイコムの姿が消える。そして一瞬で俺に向かってきた二人を叩きのめして意識を奪う。

 振り返って俺に向かって来た前方の三人は更に前方、つまりは合流した後そのまま先頭を歩いていたアルスによる、後方からの不意打ちで敢えなく沈められる。


 残るは三人、と思い振り返ってみれば、一人は腕を縛られたままのカー子が足技で意識を刈り取っていた。

 残る二人は突然の出来事に理解が追いつかなかったようで硬直してしまっている。

 数瞬遅れてアルスとセイコムの裏切りに気付くと、再び襲いかかろうとするが既に遅く、四対ニの構図になった時点で既に勝負は着いており、残る二人も敢えなく撃退されるのだった。


「はぁ……全く、世話掛けさせやがって」


 アルスが溜め息をつきながら俺とカー子の手を縛る縄を切断していく。


「お前ら、な、なんで?」


「友人を助けるのに理由が必要か? と言いたいところだが、流石に俺達も雇われの身だ。自分の正義に基づいて確かな理由が無ければ雇い主に弓を引くような真似はしねーよ」


 アルスの言葉にセイコムが続く。


「この間のお嬢さん、あの親子の娘さんだったんだろ? せめてもの罪滅ぼしだよ」


 セイコムの言葉に思わずカー子の方を振り向く、あの夜の会話はカー子が記憶ごと闇に葬ったのでは無かったのか。


「こんな事もあろうかと、念の為の保険ですよ。お二人には全ての話を聞かせてもらった後、こちら側の事情もお話して調査と協力を仰ぎました」


「でもお前、二人の記憶は奪ったって……」


「敵を欺くにはまず味方から、と言うでしょう。特にタカシは顔に出やすいですから」


 それにしたってお前……


「この二人が裏切って雇い主に密告するとは考えなかったのかよ」


 俺の言葉にアルスとセイコムがブーイングをしてくる。


「あの時言ったでしょう? と、腐ってもお人好しのタカシが選んだ友人です。性根が腐った人物では無い事は、あの夜お話を聞かせてもらった中でも伝わってきましたから」


 こいつ、そんなに俺と俺の友人を信用してくれていたのか。


「まあ、お前とカー子ちゃんのシフト同様、理不尽は許せない性質タチでね」


「審判役として反則を見逃すわけにはいかないからな」


 セイコムとアルスが俺に向かって親指を立ててくる。本当のイケメンというのはこいつらの事を言うのだろう。

 俺は少しでも友人を疑ってしまった自分を恥じると二人に向って頭を下げる。

 二人共俺には出来すぎた友達だよ、全く。


「そういう訳でカー子ちゃんとのデートの件、キッチリ守って貰うからシクヨロ!」


「そうそう、俺達はお前じゃなくて、あくまでカー子ちゃんの為に協力した訳だからな。勘違いしないでよね!」


 前言撤回だ、俺の感動を返しやがれ。

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