第6話 トラブルは握手から

 カー子の説明を聞いた俺は、現在の状況を改めて整理していた。


 一つ、俺は元いた世界――科学世界の『世界の意志』と呼ばれる存在に”社会不適合者”と判断されて加護を剥奪されてこの異世界、魔法世界へと転移してしまった。


 二つ、元の世界に帰る為には、不適合者と判断された原因、無職と引きこもりを克服して、『世界の意志』から改めて科学世界の加護を返して貰う必要がある。


 三つ、現在の俺には魔法世界の加護と何かしらの力が授けられており、隣に居る美少女、大精霊カーバンクルことカー子がサポート兼見張りとして付いてくる。彼女に危険人物と判断されると俺の人生に死亡フラグが立つ事になる。


「さて、大分話が脱線してしまったので本題に戻らせてもらうが、俺は科学世界への帰還を望むよ。この世界にはネットもパソコンも無さそうだしな」


「ネットとパソコンが何かはわかりませんが、衣料品程度の物ならともかく、タカシが居た世界の電気や機械などが使われた物は存在どころか持ち込むことすら出来ませんよ」


 それを聞いて俺は、足元に転がっている就活用に持参していた鞄の中に、スマホが入っていた事を思い出すのだが今は後回しだ。


「それじゃあ帰還一択だな」


 正直魔法という存在は男心をくすぐるのだが、パソコンやインターネットといった現代娯楽と天秤に比べると、どうしても見劣りしてしまう。

 俺は別に異世界で魔法を駆使して最強を目指したいとも思わないし、魔法に関してはこの世界にいる間に使えるようになったらいいな、くらいの認識でいいだろう。


「それではこの魔法世界で生活しながら、科学世界で不適合者と判断された原因を克服して頂く必要がありますね。確か先程、無職で引きこもりと仰ってましたが……」


 そういえばさっき凄まれた際に、思わず告白してしまっていた。


「そうだよ、悪かったな。俺は生まれてこの方一度も働いた事の無い引きこもりだよ! 人間の屑さ!」


 両手を広げポーズを取ってみせる。バツの悪さを勢いで誤魔化そうとする完全な開き直りだ。


「別にそこまで自虐して頂かなくても……」


 流石の大精霊も困った様子である。

 俺は勝ったな、という謎の満足感を得ながらポーズを解くと話を進める。


「まあそこは俺の自己申告だし、カー子が秩序の精霊として見定める部分でもあるんだろう? 今は取り敢えずそれでいいよ。俺が危険人物かどうかも含めておいおい判断していってくれ」


「そうさせて頂きます。」


「後は『世界の意志』から授かった加護の力だったか? そっちの方は今すぐどんな力だか判明するの?」


「いえ、それもどのような力なのかは、実際に発現してみるまで判らないので経過観察ですね。」


 成る程、大抵の事柄はカー子の観察における判断による訳だ。俺は俺自身を危険人物だとは思わないが、今回は流石に命が掛かっている。軽率な行動は控えて、極力問題トラブルは起こさないようにしようと心に誓うのだった。


「しかしあれだな、カー子は本当に精霊だったんだな。最初に自己紹介された時は頭のおかしい人かと思って一目散に逃げようと思ったよ」


 その時の事を思い出したのか、カー子はまた頬を膨らませる。


「あれは本当に傷付きました。なんなら証拠をお見せしましょうか?」


 そう言うとカー子は体を淡く光らせると胸元に付けていたはずの赤い宝石が、スッと消えて額に出現するのだった。

 そしてそのまま背中から透き通った紅色に輝く三対六枚からなる結晶状の翼を生やしてみせた。


 一枚一枚の羽根が水晶で出来た剣のような形をしたその翼は幻想的と表現する他なく、先程まで透き通るようなエメラルドグリーンだった瞳も、その姿を真紅のルビーへと変えていた。

 その立ち姿は彼女の美貌も相まって、正に『大精霊』と呼ぶに相応しい神秘的な雰囲気を纏っていた。


(これは……凄いな……)


「これで信じて頂けましたか?」


「ああ、正直驚いている。凄い、綺麗だ……」


 他に言い回しも思いつかず、ただただ正直な感想を述べたつもりだったが、急に俯き出したかと思うと、心なしかカー子を包む光が更に発光したように感じられた。

 リアクションが安っぽくて気に障ったのだろうか、俯く彼女は一段と赤みを増したように見えた。


「取り敢えず精霊だという事はよくわかったよ。疑って済まなかった」


 そういうとカー子は機嫌を良くしたのか顔を上げて笑った。

 心なしか背中の羽も嬉しそうに動いている気がする。


「しかし改めて精霊だと判ると気後れしてしまうな。わざわざ本当の姿まで見せてもらって申し訳ないんだが、今後も精霊と人間、監視役とその対象では気が滅入る。目的を忘れろとは言わないからこの先付き合っていく上では大精霊カーバンクルでは無く、一人の人間、友人のカー子として接してくれると助かるんだが……」


 そういって俺はカー子に向かって手を差し出す。

 カー子も少し考えたようだが、納得したのか一つ頷くとこちらに手を差し出し来た。


「分かりました。今後は精霊としてでは無く、あくまで一人の人間、友人としてタカシの支えとなる事を約束しましょう。よろしくお願いします」


 よろしく、そう言ってお互いの手を取り合い握手を交わす。そして――


 ――その瞬間――それは唐突に訪れた――


 握手をして俺と手の平越しに繋がったまま、カー子の体が真っ白い光の柱に包まれたのだ。

 手は離していない。俺の手の中には確かに握られた彼女の感触が残っている。そこにカー子が居る事は間違い無い、無いのだが……


「おい、カー子! 大丈夫か? 一体何があった? 返事しろ!!」


 叫ぶ俺の声が届いていないのか、カー子からの返事は聞こえてこない。ただ手の平がギュッと握られる感触だけが伝わり、そのまま光の柱が消滅するまで強く俺の手が握られるのだった。


 光の柱が収まると、俺はギョッとして思わず彼女の手を離してしまった。


 そこには先程まで、大精霊カーバンクルとして纏っていた淡い光、美しい翼、その全てを消失させて虚ろな目で虚空を見つめる彼女、カー子の姿があった。


 そして何より、俺は目に手を当てて背中を向ける。失っているのだ……本当に、何一つ、服さえも。胸元に輝く赤い宝石だけを残して、一糸纏わぬ姿の彼女がそこに突っ立っていた。


 咄嗟に背は向けたが、一瞬とはいえ見るものは見てしまった。

 俺はまたぶっ叩かれるのでは無いかと怯えながら、背後の様子を気にしていると背中越しにポツリ、ポツリと声が聞こえてきた。


「どうしましょう、タカシ。私……精霊じゃ……無くなっちゃいました……」


 先程の誓いから僅か数分、俺は異世界でさっそく問題トラブルを起こしてしまっていた――

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