第5話 彼女の呼び方


 俺は慌てて振り返り弁明する。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺はそんな……それに社会不適合者と言っても俺はただの無職で引きこもりだっただけで……」


「もちろんタカシ様がそうであるとは言いません。しかしその無職で引きこもりというのも、私からすれば自己申告でしか非ず、それだけでタカシ様の人間性を肯定し野放しにする訳には行かない事もご理解下さい」


 それはまあ……理解できる。過去にそれだけの事があったのだ、俺は偶々強大な力が授けられただけ、危険じゃありません、見逃して下さい。では済まされないだろう。


「逆にタカシ様がこの世界に害をなさないのであれば、私はこれ以上無い貴方の味方です。帰るなり残るなり、貴方を見定めるその間、可能な限り力になる事をお約束しましょう」


 彼女から発せられていた圧がフッと消えたかと思うと、まるで俺を安心させるように彼女は優しい笑みを浮かべるのだった。


 その様子を見て、俺はやっと安心し落ち着きを取り戻す。正直先程から生きた心地がしなかった。

 恐らくだが大精霊というのも嘘では無いのだろう、少なくとも先程の彼女からは、同じ人間という生物とは思えない程のプレッシャーを感じられた。



「わかった、あらためてよろしく頼むよ。先程も名乗ったと思うが俺の名前はタカシ、内藤高志だ。タカシが名前でナイトウが名字になる。それと出来れば様付けはやめてくれ、さっきからむず痒くて仕方ないんだ。」


「タカシですね、心得ました。それでは私の事を呼ぶ際も可愛らしくカーちゃん、とお呼び下さい」


「それは絶対に断るよ? カーバンクルでいいだろ」


「何故ですか!? 可愛らしいじゃないですか。カーバンクルとそのままでは味気ないですし、何より女の子らしくありません。それにこの呼び方は昔、別の異世界適合者様に付けて頂いた大切な呼び名です!」


 えー? 何してくれてるのさ、異世界適合者の先輩。

 こんな見た目も年下の美少女に向かって母親と同じ呼び方とか、俺にはそんな趣味無いし正直キツいんだが……


「とにかく、その呼び方には少しばかり抵抗があるんだよ」


 しかしこちらをじっと上目遣いで見つめてくるカーバンクルの視線には、有無を言わさずわかったと頷かされてしまいそうな目力が込められている。


「……わかった、それじゃあ一先ず俺はお前の事はカー子と呼ぶ事にするよ。呼び方に関しては時間を重ねるうちに、おいおい変わっていく事もあるだろう? とりあえず今はそれで許してくれ」


 頬を膨らませていたカーバンクル――改めカー子は「仕方ないですね」とつまらなそうに呟いている。

 そんなにカーちゃんという呼び方を気に入っていたのだろうか? 少し悪い事をしたかもしれない。


「それと出来れば敬語も辞めて貰えないだろうか? さっき俺を追いかける時、素に戻っていただろう? あっちのほうが気楽で助かるのだが」


 そういうとカー子は先程の失態を思い出したのか、顔を赤くしながらなんとか取り繕おうとしていた。


「あ、あれは偶々ですよ。偶々! それこそ敬語なんて時間を重ねるうちに自然と消えていくモノでしょう。かれこれこの話し方なのです。先程は取り乱してしまいましたが、あれはそちらの態度が余りに失礼だったから……」


 確かに先程のあれは今思い返しても大分失礼だった気がする。

 だが見知らぬ森の中で、いきなりどこから現れたのかも分からない精霊を自称する人物に話しかけられたら、逃げたくもなるというものだ。例えそれが美少女の姿をしていてもである。


「ところで今、何百年に渡ってと言っていたように聞こえたのだが……カーバンクルでは女の子らしく無いと不満を垂れていたが、果たして何百歳は女の子なのだろ――」


 なのだろうか? と言いかけた所で俺は再び左頬に強烈なビンタを喰らい錐揉み上に吹き飛ばされていた。


「本当に、失礼な人ですね!」


 叩きつけた手の平をパンパンと払いながらカー子はぷりぷりと頬を膨らませている。


「はい、本当にずびまぜんでじだ……」


 俺は腫れ上がった左頬を擦りながら本日何度目になるかわからない謝罪の言葉を述べて頭を上げる。

 治癒の魔法は――流石にしてくれる気配は無さそうだ。言い出せる雰囲気でもないだろう。



 ◇



 暫くして痛みは残るものの、普通に顎が動き会話が可能である事を確認して、改めて俺は口を開く。


「改めて、本当に申し訳なかった」


「もういいですよ、以後気を付けて下さるなら……」


 わかった、約束しよう。という言葉で謝罪を締め括り、俺は本題に移る事にするのだった。

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