日雇い冒険者編

第14話 独立情報都市ゴーグレ

「おおー、こうして見上げてみると壮観だな。上から見下ろしたらさぞ絶景だろう」


「町の防御と見張りを兼ねた防衛の要なんですから、勝手に侵入って登ったりなんかしたら捕まりますよ?」


 俺が眼前に高々とそびえ立つ城壁を見上げながら、男の浪漫を口にするが否や、夢の感じられ無い突っ込みで現実へと引き戻してくる声がすぐ隣から一つ。Yシャツ一枚姿……では無く、身体をすっぽりと包み隠すローブ状の旅衣装を身に纏った元大精霊、カー子である。


 ジャイアントオーク達との戦闘から数日が経過していた。

 あの後町を目指して彷徨っていた俺達は途中、偶然にもこの魔法世界における大都市間の高級移動手段である『長距離魔導装甲列車』が通行する線路を発見して線路沿いに町を目指すことになった。


 予めカー子に線路から大きく距離を取って歩くように忠告されていたのだが、いざ実際に走っている『魔導装甲列車』が線路上に現れると俺はすっかり目を奪われて興奮するばかりだった。

 先頭車両前方に「邪魔するモノは全て排除する」とわんばかりに先端の尖った盾を装備したその姿は、科学世界におけるラッセル車を彷彿とさせる出で立ちで、黒光りするその車体を覆う装甲の隙間には至る所に黄緑色に発光する魔導回路と呼ばれる模様が見え隠れしていた。


 この複雑に車両全体を覆う魔導回路によって『魔導装甲列車』は大量の乗客の魔力、つまりは血液を一切の出血、痛みが伴わない方法で徴収、変換し、自身を走らせる為の動力と防御魔法の展開に運用して自走しているらしい。


 初めて見る異世界の技術にテンションの上がりきった俺は、先刻されたばかりの忠告をすっかりと忘れて「もっと近付いて見よう!」とカー子の制止を振り切って『魔導装甲列車』に向かって走り出し、自動迎撃システムの索敵範囲に引っ掛かり発射された攻撃魔法に狙い撃ちされて、この異世界で早くも二度目となる命の危機に瀕したのだった。


 列車が過ぎ去った後に駆けつけたカー子が、俺から流れ出る血を吸い”限定解除”を行い治療してくれなければ助からなかった程の重症だったらしい。


 そんな事があったせいで、ようやく異世界で初めての町に辿り着き、目の前に広がる壁の広大さにテンションを挙げている俺に対して、カー子が冷ややかな視線を送りながら苦言を呈してくるのも仕方の無い事だった。


「お二人さんかい? 城壁は駄目だけど都市の中には観光用の展望台があるから、景色に興味があるようなら後で登ってみるといいよ」


 門番らしき、人の良さそうなおじさんに話しかけられて我に返る。

 入場待ちの列に並びながら目の前の壁を見上げているうちに、いつの間にか自分達の入場審査の順番が回って来ていたらしい。

 どうやら俺達の馬鹿な会話も聞かれていたようだ。


「分かっていると思うが、自前の刃物かそこの針を使って指先から血を一滴ここに垂らすだけだ。後がつかえているから早く済ませておくれ」


 俺とカー子は指示に従って、目の前にある受け皿の付いた石版状の装置に血を流す。この駅の改札口の様に横一列に並んでいるのは血液情報を読み取る装置で、過去に犯罪などを行って捕まった者は血中目印となる魔法薬を注射される事でこの装置に引っ掛かり、一部の都市への出入りや就職などに制限を受ける事になるらしい。


「問題ないな、入ってよし!」 


 実際は異世界人と元大精霊である俺達は、間違っても問題なしの一般人では無いのだろうが、この世界の検問方法には引っかからないので何食わぬ顔で通過する。

 カー子が去り際に門番のおじさんに何か訪ねているようだったが、俺の興味は既に目の前に広がる異世界の街並みに釘付けになっていた。


 城門を抜けると目の前に広がるのは、活気に溢れた人々と美しい街並み。街中に張り巡らされた水路が心地よい水の流れる音を耳元に運んでくる。

 隣に立つカー子に目を向けると、彼女は何が気に食わないのか訝しげな表情を浮かべてキョロキョロと辺りを見回していた。

 『魔導装甲列車』の時点である程度予想はしていたが、俺がイメージする剣と魔法の中世的異世界感と比べてみると、大分現実世界の近代よりの印象――それが異世界転移してきた俺がこの魔法世界で初めて訪れた町――『独立情報都市・ゴーグレ』の第一印象だった。

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