第15話 服屋と宿屋
「タカシー。これはどう思いますか? それともこっちの方がいいでしょうか?」
腕組みをしながら膝を揺する俺の視線の先で、アレでもないコレでもないと商品を物色しているのは俺のサポート役、元大精霊のカー子である。
「どっちでもいいから早く決めてもらえませんかねー」
俺はウンザリとした調子で気の無い返事をする。
無理もない、まずは宿の確保、という旅の定石に則った俺の発言を退けてまでカー子が最初に向かう事を懇願してきた場所、それが服屋である。
現在カー子は街に入るにあたって、身体を包み隠すようなローブ状の旅衣装を身に纏っている――様に見えるのだが、実はこの衣装実物では無い。
昨晩、翌日町入りという事で”限定解除”を行い、精霊状態で行使できる魔法、《
この《
かく言う彼女が初めて【誓約の魔眼】と相対した際にすっぽんぽんに剥かれたのも、この《
精霊の力を失った現在は”限定解除”時に過剰に魔力を供給する事で
どうやら先程門番のおじさんに何やら尋ねていたのは、おすすめの服屋情報だったらしい。
そんな訳で一刻も早く新しい着替えを手に入れたいカー子に手を引かれて、現在こうして服屋に赴いている訳だが。
「あっ、これもいいですね。人間の洋服はどれも素敵で迷ってしまいますねぇ」
先程から一向に決まる気配が伺えない。下着の類は既に選んで会計所に運んでもらってあるのだが、肝心の洋服選びに既に一時間以上掛かっているのだ。
女の買い物が長いのは、異世界だろうが精霊だろうが共通なんだな、と俺は深い溜め息を漏らしていた。
「ああもう! それでいいよ!」
いい加減に痺れを切らした俺は、そういうとカー子が手に持っているドレスを適当に一着選んで引っ手繰る。そしてドレスに付いたタグを見て顔が青くなった。
桁が一つ違うのだ。他にカー子が手にしている購入候補に目を通してもどれも高い服ばかり、こんなモノを買った日にはその日から野宿生活が始まってしまう。
俺は慌てて洋服をカー子から奪い取り、元あった場所に返却すると、店員さんを呼びつけてこの金額の予算内でコイツに似合う服を見繕って下さい、と頼むのだった。
そして現在――
「フンフンフ~ン♪」
店員に選んでもらった服が気に入ったのか、ようやくYシャツ一枚姿から開放された事が喜ばしいのか、鼻歌交じりに隣を歩くカー子は胸元の開いた赤のワンピースに黒のベルトを腰に巻いた姿でスキップを踏んでいる。
スキップする度に上下に揺れる胸元に、思わず目が行ってしまいそうになるのを必死で我慢する。
そうして悪魔と天使の囁きによる葛藤に苦しみながら街中を歩いていると、ようやく本日の宿泊予定地、先程の服屋で教えてもらったこの町のオススメ宿屋『働き者のオアシス亭』へと辿り着いた。
俺は看板を一瞥すると、肩を落とし溜息混じりに一言呟くのだった。
「なんて肩身の狭くなる店名なんだ……」
『働き者のオアシス亭』に辿り着いた俺達はチェックインを済ませて部屋に荷物を置くと、一休みしてから一階にある食堂兼居酒屋で晩ご飯を食べる事にした。
数日ぶりに食べる温かい料理の数々は、異世界という慣れない土地で、無意識にテンションを上げては誤魔化してきていた自分の心を正直にさせるには十分すぎる代物で――
俺はただ食べられるという事のありがたみ、そして文句も言わずに毎日俺を食べさせてくれていたカーチャンへの感謝の気持ちなど、様々な感情が溢れ出して来てしまい、気が付くと黙々と飯を食いながら涙を流していた。
◇
「ご馳走様でした。色々とご親切に教えて頂きありがとうございました」
「応、兄ちゃん達! 辛い事も有るかと思うが、力ぁ合わせて頑張んなよ!」
号泣しながら飯を平らげていた俺は、周りのテーブルで食事をしていたおっちゃん達に、心配されて声をかけられていた。
流石に異世界転移してきました、と正直には言えない手前、遠い田舎から二人出稼ぎに出てきたのだが、ようやく町に着いてホッとしたせいで思わず泣いてしまった、という事にしてその場はお茶を濁した。
そして、その会話の流れから一杯奢ってくれるというおっちゃん達に乗っかる形で、世間知らずの田舎者という設定を利用してこの世界の事について簡単な説明をしてもらっていたのだ。
曰く、この国は名をマイコーロフト王国といい、国としての歴史の歴史も古く大陸最大勢力を誇る大国であり、山脈を挟んで北側に位置する新進気鋭のエイプル帝国とは、睨み合いが続く緊張状態だったのだが、近年両国の間に不可侵条約が結ばれた事により大陸は全体的に安定した平和を享受しているとの事である。
そしてこの町、『独立情報都市ゴーグレ』だが、ほんの十年数年程前に出来た最新鋭の都市であり、当時情報を武器に一代で成り上がった奇跡の大商人、ウォルググ・レーカス氏が仕掛け人となって生まれた『国家間を超えた情報共有の最先端都市』として、国より独立自治権を認められている非常に自由で活気のある都市との事だ。
ちなみにこの『独立情報都市ゴーグレ』、帝国を始めとする他国にも自治都市を構えており、最先端の通信魔法技術を駆使して先程の説明にもあった『国家間を超えた情報共有』を実現して、それぞれの国の発展に大きく貢献しているとの事である。
他にも町中に張り巡らされていた美しい水路は、それ自体がこのゴーグレ全体に広がる特殊な通信魔法用補助魔法陣を構築しており、この町で生活する人々からほんの僅かに魔力を分けてもらう事で、莫大な量の情報を国内外に発信する手助けを担っているそうだ。
この時の俺は酒が入って気分が高揚していた事もあるのだろうが、我ながらよくこれだけ見ず知らずの人達と喋れたものだと感心せずにはいられない。
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