第48話 指切りげんまん
コツン、コツンと階段を上る音だけが暗闇の夜空に響き渡る。
「はぁ……はぁ……やっぱり、ここに居たか……」
まさかこの短期間で二度も、この馬鹿みたいに長い螺旋階段を全力疾走で駆け上がる事になるとはな。
ここはゴーグレの町を一望できる展望台の屋上だ。
現代社会と違って街の光が少ないこの異世界では、禄に楽しむ景色も無い上に危険という事で、夜間の展望台は階段の入り口に鎖が掛けられ入場を禁止されている。
俺は食事前のキキーリアとの会話を思い出して、彼女はここに来ているだろうと当たりをつけてやって来ていた。
案の定階段入り口の鎖が緩められていて誰かが通った後が見受けられた為、ここまで追い登ってきた次第だ。
「キキーリア……」
「こ、来ないで下さいっ!!」
彼女の口から、今までに無い程強い口調で拒絶の言葉が発せられる。
キキーリアは展望台の端、町を見下ろせる位置で柵に手を掛けたまま涙を流していた。
「キキーリア、聞いてくれ。どこから聞いていたのかは知らないが、俺はお前の味方だ」
そう言いながら少しずつキキーリアとの距離を詰めていく。
「盗賊は……わざわざ火を放ったりしないって、金髪の方が……話していた辺りからです……」
結構聞かれてしまっていたようだ。これはもう、傷つかないように誤魔化すのは不可能だろう。
俺は意を決して彼女に全てを語って聞かせる事にした。
俺達がレーカス商会を、レーカスさんを疑うに至った経緯。
キキーリアが元精霊の子孫である可能性が高いという事、この町の巨大魔法陣の事、そして地下研究施設でのレーカスさんと魔法医達の会話。そして――
「やっと見つけましたよ。お二人共」
誰も居ない展望台の屋上に、三人目の来客がやってきた。
「ああ、おかえり。そしてご苦労さま。二人は?」
「洗いざらい吐いてもらった後記憶を失い寝てもらいましたよ。明日の朝には全てを忘れて酔い潰れて寝ていたと思うでしょう。それで? そちらは全部話したのですか?」
流石カー子、仕事は完璧のようだ。
「ああ、後は俺とお前の素性だけだよ」
「タカシさんと、カー子さん……の?」
キキーリアが不思議そうな顔で首を傾げる。
「カー子」
そういって目配せをするとカー子は意を決したように一呼吸すると、《
淡い輝きでその身を纏う光に背中に生えた三対六枚の結晶状の羽、普段来ている俺の買ったワンピースから初めて出会った時の美しい真紅のドレスへと一瞬でドレスアップした彼女の姿は、正に精霊と呼ぶに相応しい威風と神聖さを兼ね揃えていた。
「改めて初めまして、秩序を司る大精霊カーバンクルと申します。キキーリアちゃんには『導きの精霊様』と言ったほうが分かりやすいでしょうか」
カー子の言った『導きの精霊様』というのは、キキーリアが好きだといって俺達に聞かせてくれた光の騎士物語の中で、光の騎士を導いたと言われる精霊の事だ。
キキーリアもカー子による突然の告白とその姿に、先程までの悲しみの感情に加えて、驚きの感情が入り混じって混乱している様子だ。
「そして俺はキキーリアも知っての通りの、凄い魔法使いさんだ。だから――」
そういって俺はキキーリアの前に立つと、彼女の目を見つめながら眼鏡を外して誓いの言葉を口にした。
「タ、タカシッ!? 待って、それは――!」
「だから――必ず君をここから救い出して、幸せにしてみせる。約束だ」
そう言って彼女の前に小指だけを伸ばした右手を差し出した。
涙に濡れる彼女の瞳には、俺の瞳の周りに輪を作るように、互いの尾に喰らいついた金色に輝く二匹の蛇が写り込んでいた。
「これは……?」
「俺の故郷じゃ約束をする時は、こうやって互いの小指を絡め合うんだ。ほら……」
そう言うと、キキーリアもおずおずと小指を差し出してきた。
彼女の小指に俺の小指を絡め取ると、俺は右手を上下に振りながらまじないの言葉を唱える。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った」
そして、目の前にいるキキーリアを抱きしめながら頭を撫でてやる。
「もう大丈夫だ。約束したからな。必ず救ってやる」
胸の中で嗚咽が響く。彼女の中で塞き止めていた感情が決壊して流れ出てしまったのだろうか。
幸い周りに人は居ない。俺は彼女の気が済むまで胸の中で泣かせてやる事にした。
◇
「まったく……あれほど【誓約の魔眼】は使用禁止と言ったじゃないですか」
帰り道、泣き疲れて眠ってしまったキキーリアを背負いながら歩く俺に向かって、カー子が唇を尖らせながら小言を言ってくる。
「それもあんな使い方をして、タカシにデメリットしか無いじゃないですか」
「ああ、そう言えばそうだな。だけど――」
思い返して笑ってしまう。確かにあれでは一方的に約束して勝手にリスクを背負っただけだ。
それでも、それでも誓いたかったのだ。絶望の底から彼女を拾い上げて見せると。キキーリアに――そして自分自身に。
「――だけどこれで誓約はなされた。そしたらもう、後は誓いを果たすしか無いだろう?」
そう言ってみせると、カー子は驚いたような顔で目をパチパチと瞬きさせた後、呆れ顔になって嘆息した。
「本当に、どうしようも無い方ですね……分かりました。私もまた誓約に従い、貴方の支えとなる務めを果たしましょう」
やれやれ、と肩を竦めながらそっぽを向く彼女の横顔は、その言葉や仕草とは裏腹に、どこか嬉しそうに口角が釣り上がっているように見えた。
こうして波乱に満ちた一日が終わり、終幕へと向けて最後の歯車が回りだすのだった。
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