第56話 ウォルググ・レーカス

「やはり来てしまいましたか」


 透明化魔法を纏っていた筈の俺とカー子が最上階についてキキーリアを視界に捕らえた瞬間、レーカスが俺達を認識して声を掛けてきた。

 その声に反応してこれ以上は魔力の無駄遣いと判断したのか、カー子が透明化魔法を解除したのを確認して、俺は声を張り上げた。


「キキーリア!」


「タカシさん……! カー子さん……!」


 最上階の中心、巨大な魔法陣の中心で柱に括り付けられたキキーリアが悲痛な叫びを上げる。


「おいレーカス、キキーリアに何もしていないだろうな?」


「雇用主に向かって呼び捨てとは……全く、最近の若者は教育がなっておりませんね」


 レーカスは澄ました顔で軽口を叩く。

 キキーリアの周りにはレーカスの他に、数名の顔を隠して武装した兵と例の偽魔法医の一団が居るだけだ。


「質問に答えろよ。キキーリアは無事なのか!?」


「ええ、彼女は大事な生贄ですからね。当然大事に扱っておりますよ。ね」


 今は、というのは日付が変わりキキーリアの魂が『世界の意志』と最も波長が近くなる瞬間までは、という意味だろう。

 それを聞いて一先ず安心する、そしてレーカスに最後の通告をした。


「勘違いするなよ、追い詰められているのはお前達の方だ。観念するなら今のうちだぞ」


 しかしレーカスに動じる様子は無い、透明化魔法を解除し、隣に立つカー子の姿を見ているにも関わらずだ。

 今のカー子は精霊化した本来の姿、その神秘的な姿を見て尚、レーカスからは一切の焦りを感じられない。


「その強気の理由は、お隣にいる精霊の存在ですか? それとも貴方が得た加護の力が理由ですか? ねえ、”異世界適合者”のタカシさん?」


「なっ……!?」


「しかしカー子さん、貴女は力を失った元精霊だとばかり思っていたのですが……それとも今の貴女の姿を顕現させる事が、タカシさんの得た加護の力に関係しているのでしょうかねぇ?」


 こいつ、一体どこまで知って……


「やはり、悪い予感が的中してしまいましたか」


 驚愕に表情を歪める俺と、一貫して余裕の表情を崩さないレーカスとの会話に、カー子が割って入る。


「おや、そちらの精霊さんは薄々気付いていたようですね」


「おい、カー子どういう事だ。一体あいつは何者なんだ?」


「あの地下研究施設で二十年前から、と聞いた時からもしやとは思っていましたが……やはり貴方も”異世界適合者”でしたか」


 その言葉に俺は愕然とする。

 初めて俺と出会った時、カー子は確かに言っていたはずだ。異世界適合者は数十年に一人しか出現せず、カー子は数百年も昔からこの世界を見守り、異世界適合者達を監視してきたと。


「タカシの前にこの世界を異世界適合者が訪れたのが、今から丁度二十年程前の事でした。その異世界適合者は恐ろしく強力な加護を授かり、そして社会復帰の余地が無い程に悪に染まった思想の持ち主でした」


 カー子は尚も話を続ける。俺も、そしてレーカスすらも、その言葉に耳を傾けていた。


「第二の魔王となり得る程の悪意と力を振りかざし始めた彼を、私は更生の余地無し、と判断して世界に害をなし秩序を乱す前に、密かに打倒する事に成功しました。しかし彼の力は想像を超えるスピードで成長しており、散り際に彼の保有していた魔眼、【封印の魔眼】の力によって、私は時間にして一、二年程の間。この魔法世界と科学世界の狭間へと封印されていました。そして僅かに繋がりを感じられた『世界の意志』の力を辿り、なんとかこの世界へと帰還したのです」


「そして二十年――いや、約十八年後、俺と出会ったと……」


「はい、そしてその間に生じたイレギュラー、それが彼――ウォルググ・レーカスだったようです。まさか、こんな奇跡のような確率の出来事が、起こるとは思ってもみませんでした」


 最後の言葉でようやく合点がいった。光の騎士物語を聞かせてもらった時に、カー子が聞かせてくれた光の騎士と魔王の話。

 あの時は直後のカー子による光の騎士の話題とインパクトで疑問が吹き飛んでしまったのだが、あの時俺は同じ時代に存在していた魔王と光の騎士、二人の異世界適合者の存在に引っ掛かりを感じていたのだ。


「ふざけるな!」


 突如レーカスが、溜め込んでいたものを爆発させたかのように怒鳴り声をあげた。


「封印されていようが、イレギュラーだろうが、私には関係ない! 私にだって家族がいたのだ! 新婚の妻がいた! 生まれたばかりの息子がいた! それなのに、それなのに私は二十年間! たった一人、この暗闇の世界で帰る方法を模索していたのだ!」


 レーカスの怒号は尚止む様子が無く続いた。


「私には情報が必要だったのだ。この世界の情報が、元の世界へと帰還する為の情報が! 故に商人になった。必要とあらばどんな汚い事にでも手を染めた。そして商会は大商会へと成長し、私はようやく必要な情報を手に入れる事に成功したのだ……」


 成程、元から情報を武器に成り上がったレーカス商会では無く、情報を得る事を目的として私腹を肥やし、肥大化していった化物……それがレーカス商会の――彼、ウォルググ・レーカスの正体だった訳だ。

 そしてそこから先は俺でも分かる……念願叶って情報を手に入れた化物レーカスは――


「そう、そして元の世界へと帰還する為に必要な条件を知った時――私は既に更生のしようが無いほど、もはや『世界の意志』に認められる余地が無いほどに、この世界の理を犯し、犯し尽くしていたのだ……私はただ、ただ帰りたかった。それだけを望んでいた筈なのに……」


 彼の悲痛な叫びは尚も加速して、そして憎しみの感情へとその色を変えていく。


「私一人を救えなかったお前が世界の秩序を守り救うだと? 笑わせるな! 貴様は私を、私の人生を! 精霊としての責務を放棄したのだよ! 異世界適合者、貴様もだ! 私は貴様が物心ついた頃からこの世界に放り出されてたった一人で行きてきたのだ! そのちっぽけな正義を振りかざして、私の前に立ちはだかる程の意志と覚悟が、貴様にあるのか!?」


 積年の恨み辛みを吐き出したレーカスの問い掛けに、カー子は俯き言葉を失っている。

 秩序の大精霊カーバンクルとしての使命、その責務を果たせなかったを目の前にして、彼女もまた思うところがあり、相応の罪悪感を抱いてしまっているのだろう。


 そして、そして俺は――

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