第30話 同僚の嫉妬とタカシの決意

 レーカス商会の本店には非番の従業員が集まり訓練を行える施設が用意されている。

 新人教育や実技訓練等使われる用途は様々だが、普段は非番の警備兵が集まり自己鍛錬や、模擬戦を行う場所として利用されている。


 カー子曰く「この世界で過ごす以上自己防衛の手段を身に着けて損する事はありません」との事で、俺もキキーリアが仕事に追われている時や、時間の合わない日は出来るだけ積極的に顔を出す事にしている。


「ぐはっ!」


 大戦相手の勢い利用して背中から地面へ向けて投げ飛ばすと、カー子は仰向けに倒れた男の顔面めがけて勢いよく拳を振り下ろし、そしてピタリと寸止めしてみせる。


「そこまで!」


 瞬く間の攻防に反応できなかったのか、審判役の男が少し遅れて慌てたようにカー子の勝利を宣言する。


 魔力こそ失ったものの流石は元精霊といった所か、素手での戦闘は勿論、木剣を構えての模擬戦でも高い実力を示したカー子は、そのルックスも相まってこの訓練場を訪れる者達の中では知らぬものは居ない人気者になっていた。


 そんなカー子を余所に俺はというと……


「チクショー! 俺もカー子ちゃんと一緒に警備がしてぇよおおお!」


「ちょ、ギブギブ。こ、降参だから! 審判!?」


 叫びながら俺を投げた同僚に、そのまま絞め技へと移行されてギブアップを告げたのだが、審判の野郎明後日の方角を見ながら口笛を吹いてやがる。ブルータス、お前もか!

 そのまま嫉妬に狂った共犯者二人組の策略にハマった俺は、華麗に勝利を飾るカー子を視界の片隅に収めながらゆっくりと意識が途切れていくのだった。



 ◇



「カー子先生……!! 魔法が、したいです…………」


「なんですか、また唐突に……魔法がしたいって、言葉遣いからして間違っていますよ?」


 それはそれで間違っていないという話しはさておき、巷では稀代の魔力適正Aランク、少しでも機嫌を損ねれば消し炭にされると噂の『炎獄の魔道士』と名高い俺だが、そこは流石に職場の同僚、俺が噂に聞くような危険人物で無い事は最早周知の事実である。


 カー子の『限定解除』と精霊の力を誤魔化す為に、職場では魔法の威力が高すぎるせいで火力調節が出来ないので訓練場では一切魔法は使用しないと公言している事も相まって、休日の模擬戦における俺の成長といえば、嫉妬の炎をメラメラと燃やした同僚達にボロボロになるまで投げ飛ばされた事によって上達した受け身の技術くらいでは無かろうか。


 カー子曰く「少しずつだが進歩はしている」らしいのだが、元々が魔眼に魔力適正Aランクと、魔力特化に加護を授かり体術、身体能力に関しては一切の補正を得られなかった俺である。


 地道に努力して動けるようになるよりも、手っ取り早く魔法が使えるようになって奴等をギャフンと言わせてやりたいと思うのは当然の思考であろう。


「まーた、すぐそうやって努力を怠り楽な方向に逃げようとする……だからタカシは『社会不適合』なんですよ」


「ぐぬぬ……」


 まるで思考を読み取られたかのような説教の言葉に返す言葉も無い。


 しかし魔法といえばファンタジーの定番、機会に恵まれれば何時か習得して自分で使ってみたいと思っていた事もまた事実。

 俺は男の浪漫を全面に押し出した熱弁を振るい、若干カー子に引かれつつも、なんとか魔法のレクチャーの約束へと漕ぎ着けたのだ。

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