第37話 独立情報都市の闇

「ぜぇ……はぁ……、ひぃ……はぁ……」


 階段を登りきった所で力尽きた俺は、その場に両手と膝をついて四つん這いになる。

 何事かとこちらに奇異の目を向けてくる観光客も何組かいたが、最早体面を気にするほどの余裕も体力も、俺には残されていなかった。


 暫く休んで呼吸を整えると、俺は周囲を見回しカー子の姿を探す。

 あの女、あれだけ散々人の事を引っ張り回して、螺旋階段の七合目辺りで俺の体力が限界を迎えてガクッとペースが落ちるが否や、「先に向かいます、追いついてきてくださいね」と言い残して置き去りにしたのだ。


 流石の俺も怒りに任せてこのまま下に降りてしまおうかとも考えたのだが、ここまで登ってしまうとそれも勿体無く感じてしまい、仕方なくカー子を追ってここまで登ってきたのだ。


「っ! ……みつけた!」


 視線の先にカー子を捉える。

 険しい顔をしながら街の景色を見下ろす彼女は、ゆっくりと柵沿いを周回するように歩いていた。


 カー子の側へと歩み寄った俺だが、眼下に広がる景色に目を奪われて、思わず感嘆の息を漏らす。


 規則正しく建ち並ぶ建物に、バランス良く植えられた緑の配色、科学の存在しないこの世界には、電柱と電線が一切存在して居ないのも景色が美しく感じる所以だろうか。

 そして何より――


「これは……凄いな……」


 いつだったか、宿の酒場で一度だけ食事を共にしたおっちゃん達から聞いた話を思い出す。

 規則性を持って街中に張り巡らされた美しい水路。

 地上を歩いているだけでは単なる街の風景の一部に過ぎなかった水路達が、この展望台の上から見下ろすと、美しい模様、巨大な一つの魔法陣として、確かに形を作っていた。


 暫くその景色に目を奪われていたのだが、服の裾を引っ張られる感覚に、俺の意識は現実へと引き戻された。


「タカシ、帰りましょう」


「お、おう……もう用事は済んだのか?」


「ええ、まぁ……」


 どうも様子がおかしい。草原を後にした時から様子はおかしかったのだが、今はあの時よりもより一層、そう――より一層深刻そうな表情をしていたのだ。


(これは……)


 恐らくカー子の目的はここに来る事で、達成されたのだろう。

 しかし、目の前に居るカー子から感じる空気の重さが、それによって分かった事実がただ事で無い事を表している。


 俺は空気を読んで押し黙ると、カー子の後ろを付かず離れずの距離を保ちながら、自宅までの帰路を一言も会話する事も無く、夕日に照らされて間抜けな形に伸びた二人分の影を見つめながら、ただひたすら歩いていくのだった。



 ◇



「それで? 結局何を確認してきたんだ? あの展望台で」


 レーカス邸に着いた頃には、辺りはすっかりと暗くなっていた。

 俺達は自室に帰ってくると、各々着替えを済ませて俺の部屋へと集合していた。


 俺は椅子に腰を掛けたまま、眼の前で立ったまま何から話すべきか、言葉を選んでいる様子のカー子が口を開くのを待っていると……


「そうですね、まず最初に違和感を感じたのは、門を潜って初めてこの町に足を踏み入れた時の事でした」


 カー子がようやく口を開く。

 そう言われて初めてこの町を訪れた時の事を思い出してみる。


 あの時は初めて訪れた異世界の街並みと、活気の良さに関心しながら辺りを見回していた気がする。

 そういえばあの時のカー子は訝しげな表情を浮かべながらキョロキョロと辺りを見回していただろうか?

 あの時から何かしらの違和感を感じていたのだろう。


「その後、このゴーグレの町には通信魔法用の特殊な『半永式魔法陣』が町中に張り巡らされていると知って、その時感じた違和感も、その『半永久式魔法陣』が原因で感じたものだと勝手に納得していたのですが……」


「そうでは無かったと……?」


 俺の相槌にコクリとカー子が頷いてみせる。


「そこで西の草原でタカシが言っていたタカシのトラップ魔法の活用法が切っ掛けになりました」


 俺が言ったトラップ魔法の活用法っていうと、トラップ魔法の上に回復呪文の魔法陣を重ねてみたら、という話だろうか? しかしあの提案は――


「ええ、魔法陣を重ねて下の術式を隠してみた所で、上の魔法陣が優先されるだけです。そして下の罠魔法の魔法陣を隠すのであれば、上の魔法陣も同系統のトラップ魔法である必要があります」


 そう、そして罠魔法の上に罠魔法を重ねるなど正気の沙汰とは思えない。そう言い掛けた所でカー子の言葉は途切れた筈だった。

 しかし、そこまで聞いて俺の脳裏の片隅に嫌な想像が浮かび上がってくる。


「まさか……そうだった、とでも言うのか?」


 俯いたまま無言を通すカー子の態度が、俺の最悪の想像を肯定してくる。

 この”独立情報都市ゴーグレ”全域を覆う巨大魔法陣は、町に住む人々から影響が出ない程度にほんの少しだけ魔力を分けてもらい、結果町中の人々からかき集めた大量の魔力を転じて情報通信魔法の運用へと役立てているという話だった。


 そして、罠魔法とは魔法陣の上へと足を踏み入れた対象の魔力を、設定に応じて奪う事で対象の行動不能、または抹殺を目的とする魔法だ。


 カー子の話では少量の魔力を奪う等という意味の無い用途では、罠魔法など使わないし使えないという話だった筈だが、それが超巨大魔法陣であり、戦闘を目的としていなかった場合話が変わってくる。

 

「先程展望台の上から、町中に張り巡らされた魔法陣を見て確信しました。このゴーグレの町に張り巡らされた『半永久式魔法陣』は出力設定を極限まで絞った超巨大な罠魔法です。そして――」


 改めて突きつけるように発せられたカー子の言葉に、俺は衝撃を受ける


「――そして、確信を持った上で尚且、高位の魔法研究を専門とした術者が見なければ見破れないほど巧妙に、この町の魔法陣はその事実を、そしてその下に眠る別の巨大魔法陣の存在を隠すように術式が組まれていました」


 そう――考え方の問題である。

 俺達の住んでいた世界にはコロンブスの卵という言葉があった。

 誰にでも可能な事でも、最初に発想に至り行うという事は非常に難しいとされる例えである。


 この世界における罠魔法とは、対象の行動不能以上の結果を目的として開発、利用されて来た魔法術式である。

 そして既にこの世界には『魔道装甲列車』のような、利用する人々から魔力を徴収して運用する魔法術式がシステムとして存在し、世間一般に周知されていた。


 人間誰しも、周囲が認め常識として扱われているものには疑問を持ちづらいものである。

 それが実生活に害を及ぼすどころか、生活を豊かにするものとして認知されているのであれば尚更だ。


「つまり私達は……」


 カー子の続く言葉を聞くまでも無く、俺は全てを理解し、そして恐怖と怒りに震えた。


 そう――俺達は、そしてこの町に暮らす人々は、超巨大な罠魔法、そしてその下に眠っているであろう、別の……恐らくは碌でもない効果を秘めた罠魔法の上で生活をさせられていたのだ…… 

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