第36話 観光の意味

「おお!タカシにカー子ちゃん。どうしたんだい、そんなに慌てて……何か急用かね?」


「ええ、ちょっと……に!」


 リピークさんに通行許可証を渡して一言交わすと、カー子は再び目的地に向かって俺の手を引っ張り走り出す。


 カー子の理解に苦しむ発言に目を丸くさせているリピークさん。

 無理もない、俺達がこの町にやってきてから二ヶ月以上が経過しているのだ。観光ならばとっくに済ませているのが普通というものだろう。


 俺はカー子に手を引かれつつも、首を傾げるリピークさんに向かってうちのカー子が申し訳ありませんと、振り返りながら頭を下げる。


 ちなみにリピークさんとは、初めてゴーグレの町を訪れた際に、俺達の入場検査を受け持ち、カー子に服屋の情報を教えてくれた門番のおじさんの事である。


 この町に来て以来、町を出入りする時はいつもリピークさんと顔を合わせている。

 冒険者家業をしていた頃のペットや人探しの依頼時にも、町から出て行ってないか、目撃情報は無いかなどと、何かと情報提供を求めて会いに行った事もあり、今ではすっかり顔見知りだ。


「おい、観光ってどういう意味だよ? そろそろ目的地くらい教えてくれ」


 先程のという言葉といい、俺に対してもと言っただけで目的地を告げていない。


「あ、申し訳ありません。慌てていたもので失念していました。ですが、もう見えてきましたよ」


 そう言ったカー子の視線を辿ると、俺達の進む先には周囲の建物と比べても群を抜けて背の高い建物がそびえ立っていた。

 建物を囲うように最上部まで伸びた螺旋階段の先には、周囲をぐるりと一周囲うように柵が立てられており、そこから眼下の景色を見渡して楽しめる設計となっている。


「なるほど、それで観光か……」


 俺は初めてゴーグレを訪れた時に、城壁を見上げてはしゃぐ俺に向かって話しかけてきたリピークさんの言葉を思い出した。


『お二人さんかい? 城壁は駄目だけど都市の中には観光用の展望台があるから、景色に興味があるようなら後で登ってみるといいよ』


 ここはあの時リピークさんがオススメしてくれていた観光用の展望台という訳だ。

 もともと俺達がこの町にやってきた理由は観光では無く就活目的だった事と、結局あの後もカー子の希望があって直ぐに服屋へと向かった事もあって、そのまますっかり忘れていた。


 しかし、何故急に魔法訓練を中止してまで観光用の展望台に用があったのだろうか?

 その答えは実物をこの目で見てから、との事だったので、この展望台を登った先にカー子の求める答えがあるのだろう。


 この展望台を登った先に……

 展望台の真下までやってきた俺は、眼前にそびえ立つ展望台と、それに巻き付くようにして伸びる螺旋階段を見て固まる。


 既に草原からここまでかなりの距離を走ってきた。

 この世界に来てから自分でも随分と鍛えられた方だとは思うが、既に息は切れ切れ、足も悲鳴を上げていた。


 ちらりと横を盗み見れば、こちらはまだ余裕があるのか、多少息こそ切らしているものの、呼吸を整えながら準備運動を始めているカー子の様子が伺える。


 こちらを見たカー子と目が合ってしまい、反射的に目を逸らしてしまう。

 俺はカー子に背を向けたまま、少しでも呼吸を整えようと、腰を曲げて両膝に手をついて上半身の体重を預けながら体を休ませる。


 というか、俺はこの階段を登る必要はあるだろうか?

 ふと疑問に思った。一応目的地までは同行した訳だし、俺はここでカー子の帰りを待っていてもいいのでは無かろうか?


 そんなみっともない事を考えながら肩で呼吸をしていると、まるで見透かしたかのように後ろから首根っこを掴まれて引っ張られる。振り向いて確認するまでも無い、カー子の手だ。


「さあ、もう十分休んだでしょう? 登りますよ」


 ですよねー!


 俺はガックリと項垂れると、溜め息を吐きながらカー子の後を追うように、目の前の螺旋階段へと足を掛けるのだった。

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