第35話 回り始めた歯車
「なあ、その奪った魔力って必ず使わないといけないのか?」
まずはカー子に前提となる質問をしてみた。この質問の答えによっては先程の疑問も解消されて特に問題も無くなるのだが……
カー子は一旦食べる手を止めると、先程までのツンケンとした態度を改めて、カー子先生として真面目な表情をこちらへと向けてくる。
「罠魔法本来の用途としては必要ありませんね。動きを鈍らせる程度の少量の魔力しか奪わないのであれば自然と霧散しますが、それでは罠魔法としての意味がありませんし、そのような使い方をする者など存在しません。そして一定量以上の魔力を奪った場合は空間内で過密になった魔力が暴走を起こして爆発しますので……」
動けなくなったり、気を失った後は、爆発が起きて自動的にトドメを刺してくれるという訳か。
基本的に生け捕り目的の場合以外は俺の場合と違って魔力の放出先を指定する必要は無い訳だ。
しかし、期待していた内容とは違ったカー子の返答に、俺の疑問はいよいよを以て膨らんできた。
「なあ? それじゃあさ、キキーリアが”吸魔の加護”で吸い取った魔力って、一体どこに流れているんだ?」
カー子の分析ではキキーリアは、人間落ちした元精霊の子孫であり、先祖返りにより精霊としての力の一部が暴走した結果”吸魔の加護”が発動しているとの事だった筈だが。
「えっ……? それは、確かに……そういえばどうなっているのでしょうか? 体内に溜め込んでいるといった様子では無かったと思いましたが……」
カー子にも分からない事はあるようだ。
当てが外れてしまい、俺の中でもやもやとした感情が大きくなっていく。今度レーカスさんに会った時にでもそれとなく聞いてみようか。
「ちなみにレーカスさんが”吸魔の加護”の力を魔道具で
そうなのか、踏んだだけで意識を奪うなんて強力そうに思えたが、随分と弱点も多いようだ。
相手に魔法陣を踏ませる必要があるという手間も実戦では役に立たない理由の一つなのだろう。
「まあ仮に巨大な罠魔法を作って意地する位なら、その魔力で広範囲殲滅魔法でも唱えた方が余程確実というものですね」
とはカー子の弁だ。
成程な、と頷きながら、俺は最後のサンドイッチを口に運ぶと、軽口を叩きながら立ち上がって背伸びをした。
「俺なんか罠魔法の上に回復魔法の魔法陣が描かれた紙でも敷かれていたら、何も考えずに乗っちゃいそうだけどなー」
無論冗談である。
そう言いながらも俺は食後に控えた大分遅めの再開となる午後の特訓に備えて軽くストレッチ運動を始める。
「魔法陣を重ねてみたところで、上にある回復呪文の魔法陣が優先されるだけですよ。それに上に乗った瞬間に下に魔法陣が存在しているのがバレて逃げられるだけですよ」
そういうものなのか。
俺の冗談混じりの軽口にも、カー子先生の返答は真面目そのものだ。
彼女も俺より多めに取り分けられていたサンドイッチの、その最後の一つを口に放り込むと、正座をして地面に着いていた膝から下の部分を払いながらゆっくりと立ち上がってきた。
「仮に下にある魔法陣を隠すのであれば、上の魔法陣も同系統の魔法陣である必要性がありますね。罠魔法の上に罠魔法を重ねるなんて正気の沙汰とは思えま……せん……が…………」
そこまで言いかけたところで、言葉は途切れていた。
そちらに目をやれば、膝を払う事すら忘れて、立ち上がったまま腕組みをして沈思黙考するカー子の姿がそこにはあった。
「え? あの、カー子さん……?」
俺が呼び掛けてみてもまるで意に介さず、そのままカー子の熟考はしばらく続く。
二人だけの草原地帯は、空気を読んだ俺が黙る事により、暫しの間、彼女が考えに耽るためだけに用意された、静寂な空間へと姿を変えていた。
「――カシ……」
「――タカシ……!」
待ち時間持て余した俺は、地面に落書きをして暇を潰していたのだが、いつの間にか黙考を終えていたカー子によって、気付けば肩を揺すられていた。
「ああ、スマン。ちょっと熱中していた……」
「一体何を描いていたのですか? これは手と……巨大な、竜巻?」
まさか俺が考えた最強魔法の想像図とは言えまい、俺は誤魔化すように話をすり替える。
「な、何でもない。それで? 急に考え込んだりしてどうしたんだ?」
「それは……」
たった一言、言葉に詰まる様子だけで雰囲気が変わる。
嫌な予感がした……
「申し訳ありませんが、結論を述べるのは実物をこの目で見るまで少々お待ち下さい。そして重ねて申し訳ないのですが、午後の魔法訓練は中止です。今すぐ町へ……
そう言うとカー子は昼食の為に広げていた荷物を急いでまとめ始める。
そして準備が整うと、俺はカー子に手を引っ張られる形でゴーグレの町へと向かって走り出すのだった。
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