第24話 雇用契約

 突如『独立情報都市ゴーグレ』に現れた期待の新人冒険者タカシ、冒険者登録初日に魔力適正Aランクを叩き出し周囲から注目を浴びた彼は、更に約ニ週間後、依頼の遂行中に遭遇した脅威度Aランクモンスター、ワイバーンを単独にて討伐。


 ワイバーン討伐の功績から特別措置で飛び級でCランク冒険者に昇級するものの、何が不満だったのかその場で冒険者家業の引退を宣言、その後幾度となく冒険者ギルドから復帰の誘いを受けるも、全てを断り現在は職業斡旋組合にて就職活動中。


 炎の柱が天を貫き一撃でワイバーンを撃墜したという城壁務めの兵士の証言から、巷では『炎獄の魔道士』の二つ名が広まる。

 また、その二つ名と共に『炎獄の魔道士』を怒らせると一瞬で消し炭にされるという噂も拡がってしまっており、恐れを為した雇用主達が職業斡旋組合への募集登録を取り消す事案が相次いでおり現在問題視されている。


 というのがレーカス氏に教えて貰った、ここ最近の『独立情報都市ゴーグレ』の注目の話題と上層部に報告されて来た問題点らしい。

 

「何故俺がそんな危険な人物像にィッ!?」


「まあ噂というのは尾ヒレが付きやすいものですから。それが悪い噂なら尚更に、ね」


 つい、いつものノリで叫び声を上げてしまう俺だったのだが、流石は一都市、一商会のトップと言うべきか、レーカス氏はさして動じる様子も無くニコリと笑って流してくれた。


「そんな訳でタカシさんは現在この町の雇用主達から恐れられる存在となっている為、就職をしようにも非常に困難な状況と言わざるを得ないでしょう」


 そんなレーカス氏の説明を聞いて俺は頭を抱えてうずくまっていた。


 この世界に来てからというもの、本当にやる事成す事全てが裏目に出ている気がするのだ。

 最早ここまで来ると『世界の意志』が俺個人に対して、何らかの悪意を持って干渉しているので無かろうか? と疑いたくなるレベルである。


 そんな事を考えながら頭を悩ませていると、タイミングを見計らったかのようにレーカス氏が話題を切り替えてくる。


「そこで先程の話に戻る訳ですが、タカシさん達さえよろしければ我がレーカス商会で働いてみるというのは如何でしょうか? 仕事の種類も先程お話した通り、実際に我が商会で働いて頂きながら、時間を掛けてお二方に合う仕事を探して頂いて結構です」


 つまり意図せず俺達の目的と噂が反発してしまっているせいで、この町の職業斡旋業界全体に迷惑が掛かってしまっている為、この度レーカス氏が救いの手を差し伸べにやって来てくれたという訳だ。


 しかしまあ何とも至れり尽くせりな提案ではなかろうか。最初に条件を提示された時はその余りにも好意的な条件に疑問を抱いたのだが、成程ようやく納得がいった。


 流石にここまで高待遇なのは、ワイバーンを一撃で葬ったという俺達の冒険者としての実績を踏まえた上で、いざという時のボディーガード役なども期待しての事なのかもしれないが、それを差し引いても十分過ぎる程魅力的な提案であった。


 だが――、隣に座るカー子の表情は重く険しいままだった。そして俺の方を向くと小刻みにフルフルと、左右に首を振ってくる。

 その様子を見て俺は、やはりそうか――、と肩を落した。


「お気持ちは有り難いのですが今回のお話はお断りさせて頂きます。俺達は誰かに助けて貰って生活するのでは無く、自分達の力で真っ当な職を得て自立する事を目標に就職活動をしているのですよ。」


 そう、俺達の最終目標は、無職と引きこもりを克服して『社会不適合者』の烙印を返上する事なのだ。

 それには誰かから差し伸べられた手を取って好意に甘えるような形で世話になるだけでは、恐らくだが『世界の意志』には認めてもらえない事だろう。


 折角の申し出を断ってしまい申し訳ない気持ちで一杯になる。隣ではカー子も今回は仕方ないと言わんばかりに残念そうな顔をしているのでやはり駄目なのだろう。


 俺達が揃ってを頭を下げると、それを受けてレーカス氏はしばらく考え込んだ後、こう提案してきたのだった。


「そうでしたか、お二方は自身の成長を目的として自立する力を養う為に就職活動をしている訳ですね。それでは通常の雇用契約では無く、三ヶ月と期間を決めての試験雇用というのはどうでしょう? 勿論我が商会の方でも甘やかすような真似は一切致しません。そして三ヶ月経った時点で一定以上の評価を得られないようであれば、こちらの方から雇用契約を打ち切らせて頂きます。試験期間を無事働き終えて、お二方の努力が認められた場合のみ晴れて正式雇用という形ならば如何でしょうか?」


 俺はなるほど、とポンッと手を打った。それならばレーカス氏からチャンスは頂いても、最終的に職に就けるかどうかは俺達の努力次第という訳だ。

 カー子の顔を伺ってみると、彼女もそれならば、と言わんばかりの表情で今度こそ頷いている。俺は席を立ち上がると、レーカス氏の方へと向き直って深く腰を折り曲げた。


「そういう事でしたら是非とも、試験雇用という形でまずは三ヶ月間、よろしくお願いします」


 こうして突然の大物来訪者に驚きはしたものの、結果として俺達の暫定就職先が決まるのだった。

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