第27話 キキーリア・モウラ①

 俺はレーカスさんに呼ばれて入室してきた少女、キキーリアを見つめる。

 彼女がもう一つの提案とやらに関係しているのだろうか?

 白と黒で彩られたエプロンドレスに、カチューシャを頭に乗せたいわゆる一般的なメイド服に身を包んだ彼女であったが、やはり特徴的なのはその髪と瞳の色だろう。


 艶のある黒髪に黒く輝く漆黒の瞳――まるで彼女は日本人のような風貌をしていたのだ。

 俺もこの異世界に来てからそれほど長くはないが、思い起こす限りでは黒髪黒眼の人物とは出会った事が無い。


「その、彼女は……」


 日本人なのだろうか? という疑問が浮かびはしたものの、レーカスさん相手に何と聞けばいいのか分からない。

 隣に目をやればカー子はそれに気付いたのか小さく首を振っている。日本人、又は転移してきた『異世界適合者』では無いという意味だろうか、それともレーカスさんに対してその質問をするなという意味合いで首を振ったのだろうか。


 首を振ったカー子はというと、先程から何か思う所でもあるのだろうか、目を細めて険しい表情を作ったままキキーリアの方を注視している。


 名乗った性が違うので娘という事は無いのだろうが、メイド服に身を包んでいるという事は家事手伝いか何かをしているのだろう。

 まだ齢十二、三歳の少女を雇うというのは一体どういう関係だろうか。


 奴隷――という単語が一瞬脳裏に浮かんだのだが、そもそも俺がこの町に来て以来奴隷を見た事も無ければ奴隷制度という単語を耳にした事も無い。

 仮に上流社会限定で高級奴隷という物が存在していたとしても、レーカスさんはそれを利用するような人にも見えなければ、今ここで俺達に紹介してくる意味もわからない。


 どちらにせよ、これ以上キキーリアについて言及するのは躊躇われた為、俺はそのままレーカスさんの反応を待つ事にした。


「済まないがキキーリア、お茶を切らしてしまったようだ。厨房まで取りに行ってきて貰えるかね」


 レーカスさんは俺の様子を察したのだろうか、見計らったかのようにキキーリアに指示を出すと、彼女が部屋を退室したのを確認して口を開いた。


「さて、キキーリアは現在他に身寄りが無く、私が身元引受人として彼女を保護している状態なのですよ。ちなみに彼女がメイド服を着ているのは無償で住まわせて貰うのが申し訳無いという本人達ての希望で、この屋敷の家事手伝いをして貰っているからです」


 なるほど、そういった事情があったのか。しかしこんな小さな女の子が自分からタダ住まいは心苦しいからと労働を申し出ているなんて、十年に渡って自宅に引きこもっていた俺としては、心が痛むばかりである。


「彼女は幼い頃に、住んでいた集落を盗賊団に襲われて壊滅させられています。当時行商の旅路で集落の近くを通っていた私は、火の手に気付き紹介の護衛達を率いて救援に向かいました。しかし駆けつけた私共が盗賊達を追い払った時には既に手遅れ、村は壊滅状態、唯一の生き残りが彼女だったという訳です」


 随分と重い話を聞かされてしまった。当の本人であるキキーリアはまだ厨房から戻らない。

 確かに普通に考えればトラウマものの過去だ。まだ幼い彼女の前でする話題では無いだろう。


「それで、もう一つの要件というのはあの子に関する事でしょうか?」


 先程から沈黙を保っていたカー子が口を開いた。


「はい……実は彼女少し変わった体質といいますか、少々珍しい加護を授かっておりまして……」


 加護というのはこの魔法世界における『世界の意志』が、この世界に生きる全ての住人に与える力全般を差した呼称で、与えられた加護が強力な者であれば俺の【誓約の魔眼】など、特殊能力と呼んで差し替えない力を授かり、微弱な場合でも誰しもが血中に魔力を宿し、『世界の意志』に干渉し魔法等の力を行使する事が可能となる。というのがカー子先生の説明だ。


 そしてレーカスさんの言い方から察するに、キキーリアが授かった珍しい加護というのは、十中八九厄介な効果を秘めた力なのだろう。


「彼女の加護を我々は『吸魔の加護』と呼んでいます。その力は読んで字の如し、周囲にいる生命の血液を分解して魔力のみを吸い上げるという加護なのですが、いかんせんその力が非常に強力でして……」


 レーカスさんの説明によるとキキーリアの『吸魔の加護』は、半径3メートル程度の効果範囲で、本人の意志とは関係なく周囲にいる生物の血液を徐々に分解・吸収してしまうそうだ。

 また、その分解・吸収能力は相手の魔力適正により抵抗力が変わり、血中の魔力濃度が薄い魔力適正低ランクの人間は数分接しただけで倒れてしまう程の力を有しているとの事だった。

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