第10話 俺に任せて先に行け

「なんだって異世界に来て早々にそんな凶悪なモンスターに絡まなきゃならんのだ! それも群れで! 普通こういう場合、最初はスライムとかゴブリンとか雑魚モンスターが1匹単位で現れて経験を積んでいくのが王道だろ!」


「そんな都合のいい話あるわけないじゃないですか! 彼等にだって多少の知能はあるんです。いつ外敵と遭遇するかもわからない場所で単独行動する個体なんて余程のアホか絶対的強者だけですよ!」


 そんなやり取りをしている内に俺とカー子は森を抜けて草原に出る。しかしジャイアントオーク達に諦める様子は無い、それどころか段々と互いの距離が縮まってきている。


「おい、近付いてきているぞ!」


 それに、もう足が限界だ。俺はこのまま奴等の餌にでもなってしまうのだろうか?

 死が現実的なモノとして近付いてきた事を体が、頭が、本能が察してしまったのか、恐怖に身が竦んで足が止まってしまう。


 そして一度止まってしまったら、もう足は動かない。

 限界を超えて走り続けた俺はゼーゼーと呼吸を乱し、ついにその場に膝をついてしまった。死が――足音を立てて近付いてくる。


「ふむ、


 声に気付き顔を上げてみると、カー子も足を止め迫り来るジャイアントオークの群れに視線を向けていた。呼吸の様子からは俺と違い多少の余裕が見て取れるが、俺が膝をついた事に気付いて足を止めてしまったのだろうか。


「離れ、れば……? むしろ、近づ……いて……」


 肩で息をしながら何とか答える。


「私が言ったのは森から、ですよ。ところでタカシ、何か刃物はお持ちですか?」


「鞄の、中に、確かカッターが……」


 そう言って手に持っていた鞄を差し出すと、カー子は鞄を漁りだしカッターを取り出してチキチキと刃を出して見せた。

 まさかそんな粗末な刃物であの恐ろしい化物の集団に立ち向かう気なのだろうか?


「何を、馬鹿な……もう、俺を、置いて……逃げろ!」


 そう、俺を置いて逃げれば、俺が襲われている隙にカー子だけでも逃げ果せられるかもしれない。

 こんな化物達に捕まれば、何をされるか分かったものでは無い。

 この世界のオークという存在の生態系は知らないが、カー子のような美少女が捕まれば、例え殺されなかったとしても行き着く先は生き地獄だろう。


 俺は今もなお、より形を帯びて死が迫っているこの瞬間に、子供の頃からカーチャンに言い聞かされてきた言葉を思い出していた。


「――いい? 高志。男の子は女の子を守ってあげなくちゃいけないのよ? 女の子を泣かせる男は最低なんだから。カーチャンとの約束――」


 記憶の中の母が俺に優しく笑いかける。

 そうだ、ずっと引き篭もってばかりで裏切ってばかりだったけど……せめて人生の最後くらい、カーチャンとの約束を守って死のう。

 そう思うと自然と恐怖に竦んでいた体に少しだけ力が篭もる。

 ジャイアントオークの群れはすぐ近くまで近付いている。せめて、彼女だけでも逃さなくては。


 俺は呼吸を整えて、疲労と恐怖に震える体に鞭を打つと何とか立ち上がり、カー子の前に立ち塞がる。

 今が、今こそが俺の人生最高の輝きピークだ。

 そして迫りくるジャイアントオークの群れに向かい直すと、背中越しにカー子向かって告げた。


「ここは、俺に任せて先に行け!」


「あ、はい。そういうの今いらないので、さっさと手を貸してください」


 俺の人生最高の輝きピークは幕を降ろしていた――


 何ならこっちは続け様に「別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?」くらい言い放つ準備が出来ていただけに恥ずかしい。


 顔を赤くして固まる俺を余所にカー子は俺の左手を手に取って引っ張る。そして――


「痛ッ――!」


 俺の左手の人差し指がカー子の持つカッターの刃によって深々と切りつけられていた。


「――ッたー! 何してんの? お前!?」


「説明は後です! じっとしていてください」


 そういうとカー子は切りつけた人差し指の付け根を右手で掴むと、唐突に膝を付き指先の高さまで下がった顔を近づける。そして――


「失礼します」


 ――なにを思ったのか彼女は俺ののだった。

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