第61話 灯滅せんとして光を増す

 こちら側の戦力は、もはや目に見えて限界だった。

 俺は《男の浪漫ドリル》魔法用の手袋のストックが底を尽きて戦闘継続不能状態。

 カー子も見るからに動きが鈍っており、魔力が尽きかけているのか、先程から魔法での攻撃を一切行わず、精霊の翼による近接攻撃のみで戦闘を行っている。

 そして何より――


「さあ、ようやくこの時がやってきました」


 そう、戦闘開始から一時間以上の時が経過して日付が変わり、タイムリミットだったキキーリアの十四歳の誕生日を迎えてしまったのだ。

 戦闘の余波に当てられて気絶していたキキーリアの元へと、レーカスが歩み寄る。

 そして彼女の髪を掴んで顔を引っ張り上げると、ポケットから一本の注射器を取り出した。


「おい、汚い手でキキーリアに触るな!」


 キキーリアの元へと駆け寄ろうとした俺だが、途中行く手を魔物に阻まれて、そのまま後方へと吹き飛ばされてしまう。


「タカシ……! くっ……そんな……」


 俺の身を案じて駆け寄ってきたカー子も、彼女のその反応を待っていたかのように、身体を覆っていた神々しい光は急速に失われ、服装は元に戻り、三対六枚からなる翼はその形を保つ事が出来ずに霧散していった。

 遂に”限定解除”の効果が切れて精霊の力まで失ってしまったのだ。


「いいザマですね。精々力を失ったその状態でその目に焼き付けると良いでしょう。私が精霊の力を手にして元の世界へと帰還する様を」


 レーカスは手にもった注射器をキキーリアの首筋へと突き立てて中身を押し込んでいく。


「う……うぅ……ああぁぁあああああッ!」


 途端、意識を失っていたはずのキキーリアが、悲鳴を上げて苦しみだした。


「さあ、の完成です。そして器を満たすには生贄を!」


 レーカスがその手に持った杖で魔法陣の中心を突くと、魔法陣の中心部から禍々しい黒紫の光が広がり、そして俺達をすり抜けてどこまでも広がっていく。

 そう、悪意に満ちた光はこのフロアを越えて、地面に根付き、情報管理通信局からこの独立情報都市ゴーグレ全体へと広がっていった。


「ま、まさか……」


「おや、魔法陣の仕掛けの方にも気付いていましたか? たった今このゴーグレ全土に広がる巨大魔法陣の裏の術式を発動させました。後一時間もすれば、魔法陣はこの都市全域の命を吸い上げ、そしてこの器へと注ぎ込みます。後は簡単、魔力で満たされた器は精霊としての機能を取り戻す。すなわち――」


 そう、全てはこの為に用意されていたのだ。

 この異世界という覚める事の無い悪夢の中で、二十年という歳月を過ごし、そして壊れていった化物のたった一つの願い事――


「――すなわち『世界の意志』との繋がりを得るわけです。長年の転移魔法の研究成果と、隷属魔法を通じて精霊から得られる無尽蔵の魔力、そして『世界の意志』との繋がり、全てが揃い私の異世界転移魔法は完成するのです!」


 遂に念願叶う時が訪れて、嬉々として己の計画を語って聞かせるレーカス。

 余裕の現れなのだろうか? 事実俺とカー子には、最早奴の元に辿り着くだけの戦力も残されていなかった。

 視界の先では今もキキーリアが苦しそうに悲鳴を上げて、レーカスがそれを恍惚とした表情で眺めている。


 許しちゃあいけない。

 唇を噛み締めると、口の中に鉄の味が広がった。

 奪われ続けたあの子が、この上更に奪われるなんて、こんな現実を許してはならない。

 何の罪も無くただ平和に暮らしているだけの住人達が、笑いながら命を搾取されているこんな光景を、俺は許しちゃあいけないんだ。

 俺は覚悟を決めると、隣で膝を着いたまま息を切らせているカー子に向かって提案をした。


「カー子、もう一回……”限定解除”だ」


「む……無理です。何を言っているのですか!? 最短でも二、三日のインターバルが必要って教えたじゃないですか!」


「それは俺の身体に気を使った場合の話だろう? いいからやるぞ」


 カー子は俺の言葉に応じずひたすら首を横に振っている。

 俺は首を振るカー子を無視すると、こっそりと手に持った小型ナイフでおもむろに自らの首を切りつけてみせた。

 瞬間、カー子の目が大きく見開かれる。


「タカシーッッ!」


 カー子の絶叫がホールに反響する。


「おや? ここまで来て自害ですか? 見っともないですねぇ」


 俺達の”限定解除”の仕組みを知らないレーカスは、俺の取った奇行を自害と受け取り高みの見物を決め込んでいた。

 こちらに取っては好都合だ。


「馬鹿! 何やってるんですか! こんな量の出血、助かりませんよ!?」


 いいから早くしてくれ、俺は刻一刻と力の抜ける腕を何とか動かすと、レーカスから見えない角度で眼鏡をずらしてカー子の瞳を直視した。


「大丈夫、だから……早く……俺は、死なないから……約束するよ……命を掛けても良い……」


 金色の魔眼がカー子の瞳に映り込む。

 何せ【誓約の魔眼】まで使って約束したんだ……これでカー子も安心するだろう……


「馬鹿……そんなの、約束になっていないじゃないですか……!」


 そういってカー子は泣きながら俺の首筋へと口付けをした。そして――


(嗚呼……やっぱり……綺麗だなぁ……)


 

 マーメイドラインにスリットの入った真紅のロングドレスに、燃えるような赤髪。

 透き通った紅色に輝く三対六枚からなる結晶状の翼をその背中から生やした彼女は、今までの”限定解除”では決して辿り着く事が出来なかった本来の姿を取り戻していた。

 エメラルドグリーンの瞳は情熱的なルビーへと、彼女が核と呼んでいた胸元の宝石は額からその姿を覗かせていた。

 初めて俺と出会った時、あの森で見た彼女と全く同じ姿――否、あの時よりも更に眩しく、そして神々しい光をその身に纏った大精霊――カーバンクルがそこには立っていた。

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