第60話 隷属魔法

「《男の浪漫ドリル》魔法だと……なんてフザケた……そんな魔法で私のドラゴンが倒される事などあっていいはずが……」


 ご自慢のドラゴンが倒れた事により動揺している様子のレーカスだが、事実先程の戦闘は紙一重の勝負であり、運良く全ての要素がこちら側に傾いた結果ともいえるだろう。


 まず《男の浪漫ドリル》魔法は確かに強力な威力を発揮するが、その威力はあくまでドリルの先端で正面から獲物を捉えた場合に限定される。

 先程の戦闘ではカー子の極細まで圧縮した《深炎の御柱フレイムピラー》により、強靭なドラゴンの鱗に傷をつける事に成功。

 

 予め俺達二人を包み込むよう術式が設定された《男の浪漫ドリル》をカー子のバトルセンスにより、傷つけた鱗の隙間へと寸分違わず誘導してもらうという、針の糸を一度に重ねて通すような無茶を通した結果、俺達が薄氷の勝利を収めたに過ぎない。

 

 一つでもミスがあれば、《男の浪漫ドリル》はドラゴンの鱗に弾かれて、横向きに倒されたまま圧殺されていた未来もあり得たのだ。


「いけるぞ、カー子。流石にドラゴンの召喚は堪えたのか奴も疲弊している」


 俺は矛型、盾型とそれぞれ命名した術式が組み込まれた手袋を新たに両手に装着すると、《男の浪漫ドリル》二刀流スタイルで、一匹ずつ魔物を相手取っては風穴を開けていく。


 カー子もここが正念場と言わんばかりに、魔物の中を駆け抜けては舞い、切り裂き、焼き払って、穿ち、駆逐していく。


 そして――


「ハァハァ……これでアンタも……」


「終わり……です……!」


 その後、再びドラゴン級の魔物が召喚される事も無く、追加で召喚された魔物達も含めてフロア中の魔物を狩り尽くした俺達は、今度こそレーカスを追い詰めていた。

 否――、追い詰めたつもりになっていたのだ。


「後は、貴方だけです」


 カー子がレーカスに向かって翼を突きつけたのだが――


「ふふ、フフフ……フハハハハ」


「何だコイツ、追い詰められて遂に壊れたか?」


「フフフ、だから貴方は甘いというのですよタカシくん。まだこのフロアには私の手駒が残っているではないですか」


 そう言ってレーカスは、この情報通信管理局の最上階、壁際の床に倒れて気を失っている人々に視線を向けた。

 彼に言われるまで俺も忘れていたのだが、この最上階には戦闘が始まってから、最初にいたレーカス商会員以外にも、彼等と同じ情報部門の人間達がこのフロアに上がってきては、魔物の中を縫って襲いかかってきていた。


「あの方々なら、全て私が気絶させた筈ですが」


 中には魔物の餌食となってしまった者も居たが、その殆どをカー子が撃退、意識を奪っては壁際へと避けていたのだが、正直俺もあの魔物蔓延る地獄のような戦場の中を、生身の人間が突っ込んでくるなど勝機の沙汰では無いと戦慄していた。


「そう、意識を奪っただけだ。なんてお優しい! 殺していないじゃないですか。駄目ですよ、命は奪える時に奪っておかないと!」


 そう言ってレーカスが手を振り上げると、ホール中に横たわっていた人々に異変が起きていた。

 

 地獄絵図――

 ある者はその痛みに意識を取り戻し、苦痛と絶望の感情を悲鳴に乗せて――

 ある者はこの意識を失ったまま、何事も無ければ覚めるはずだった夢から二度と覚める機会を与えられぬまま――

 彼等レーカス商会情報部門の人々は、己が使える主の手によって、次々と血を噴き上げてその命を散らせていた。


「止めなさい! 何をしているのですか!」


 その様子を見たカー子は、慌てて精霊の翼の切っ先をレーカスに突き立てる。

 しかしその刃は寸でのところで、地面から出現した鋼鉄の腕によって遮られた。


「アイアン……ゴーレム……」


「何故だ! 魔力は尽きたはずじゃ……」


「魔物用の隷属魔法……この地獄のような光景の中を、逃げ出さずに突っ込んでくる彼等を見てまさかとは思いましたが……」


「ご明答! 流石は大精霊様」


 そう言ってレーカスはフロア中に散乱した人間抜け殻達を見渡しながら、カー子に向かってパチパチと惜しみない拍手を送る。

 釣られるように見渡してみれば、俺達三人とキキーリア以外、この最上階に生きている人間は残されていなかった。


 つまりレーカス商会の情報部門の人間達は、噂に聞いていたような、長年勤めて決して裏切らないと信頼を置かれた人物達で構成されていた訳ではなく、隷属魔法によって決して逆らえないように縛られていた人々だったという訳か。


「貴方は……人間じゃないッ!」


 カー子が、叫び声を上げる。


「見解の相違だね。さっきも説明したでしょう? 私こそが人間なのですよ。この世界の住人は全て偽物、まやかしです。寧ろ私の魔力タンクになれた事に感謝すらしてほしい」


 冗談で言っているんじゃあない、コイツは、この男は本気でイカれている。いや、壊れているのだ――とっくの昔から。

 目の前で両手を広げながら笑っている化物を視界に捉えながら、俺は自分の身体が震えている事に気が付いた。

 ジャイアントオークに襲われた時とも、先程のドラゴンの脅威に晒された時とも違う――、俺は目の前にいる人の形をしたナニカが、心の底から理解出来ない事に恐怖していた。


 彼の周りには先程と同等――いや、それ以上の魔物達が次々と召喚されていった。


「さぁ、第二ラウンドの始まりです」

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