第17話 冒険者のススメ

「タカシ、冒険者になりましょう!」


「嫌だー! シニタクナーイ!!」


 俺は両手を伸ばして肩を掴んでくるカー子から逃げるように目を背けて暴れだす。

 肩に食い込む指先、その力強さが彼女の本気度を物語っている。

 

「いい加減に諦めて覚悟を決めて下さい」


「諦めたらそこで試合終了なんだよ! 俺の生命しあいが終了してしまうんだよぉおお!」


 現在俺達二人は『働き者のオアシス亭』の店主によって紹介してもらった新しい宿、『旅人の止まり木亭』に借りた一室にて作戦会議中である。


 一体何の作戦かと言うと……


理解わかっているんですか? 最早我々には職を選り好みしていられるような猶予は残されていないんですよ」


 そう、俺達が『働き者のオアシス亭』をクビになってから十日余りが経過していた。そしてその事実が意味する事、それは……


生活費お金が、足り無いんです!」


 カー子が悲哀に満ちた表情でそう叫ぶのだった。


 『働き者のオアシス亭』での仕事は僅か五日分、そしてその給金の殆どは宿泊費及び、まかない代として給料から差し引かれて計算されていた為、店主から頂いた給料お世辞にも多い額とは言えなかった。


 元々の持ち金と合わせたお金でこの『旅人の止まり木亭』に宿を取りながら仕事を探していたのだが、遂に蓄えが底を尽きかけていた。


 そんな懐事情で普段よりも寂しい食事をしていた昨晩の事、隣のテーブルを囲んでいた若者三人組から聞こえてきた興味深い会話に、俺達は食事する手を止めてそっと聞き耳を立てていた。


「いやぁ、田舎から出て来て仕事も見つからず、一時はどうなるかと思ったけれど、俺達冒険者になってみて正解だったよな」


「最初は死ぬかと思ったし今でも危険な事はあるけれど、この町でお金が尽きかけていた私達が今、こうして食事にありつけているのも冒険者ギルドのお陰だよね」


「依頼を達成すれば即金でお金が受け取れたからな、適性検査だけで難しい面接や試験等が無かったのも助かった」


「正に冒険者こそが俺達の転職だったな」


「「「ハハハハッ」」」


 概ねこんな内容の会話だった。

 

 そして翌日、つまりは今日である。目を覚ますが否や、そそくさと出かける準備をして就職活動に向かおうと部屋を出ようとした瞬間、カー子にがっしりと肩を掴まれて今に至る訳である。


 カー子の言い分は尤もだ。今から宿を出て冒険者ギルドに赴き手続きをする。たったそれだけで難しい試験も重苦しい面接必要とせず、俺達はお金を稼ぐ手段を得る事が出来るのだ。


 しかしそれは命懸けという前提である。

 昨晩の冒険者達も言っていた。「死ぬかと思った」と、そして「今でも危険」であると。


 それを聞いた時、俺の脳裏に浮かんだのは異世界に来て初めて味わった命の危機、ジャイアントオークの群れに追われた時の事だった。


 圧倒的な死の恐怖があの場にはあった。自分の無力さを、この異世界における命の軽さを、この身を以て体験した。

 俺は彼等冒険者のように、この剣と魔法のファンタジー世界の住人では無い。平和で命の危険等感じた事も無い。現実世界の現代日本で生まれ育ってきたのだ。


 命の危険がある冒険者になろうと言われて、「はいそうですね」と二つ返事で答えられる程、俺はまだこの異世界を受け入れられてはいなかった。


 カー子はいつの間にか俺の肩を掴んでいたその手を離すと、俺の決断を待つかのようにこちらをじっと見つめてきた。


 そう、解ってはいるのである。最早俺達に他の選択肢等残されていない事くらい。


 このままでは明日の朝には鍵を返して部屋を出ていかねばならない。

 そうすれば行く先に待ち受けているのは過酷な野宿生活である。


 望まずして異世界にやって来た上に、ニートからホームレスへとジョブチェンジ等という事になっては流石に笑えない。

 俺を信じてこそ家を追い出した筈のカーチャンにも、合わせる顔が無いというものだろう。


 俺はようやく観念してガックリと項垂れると、カー子と共に宿を出るのだった。

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