最終話 始まりの始まり

「本当に行っちまうのか?」


「勿体無いよなあ、俺達が組めばAランク冒険者だって夢じゃないぜ」


 キキーリアとこのゴーグレの町の運命を巡る戦いから数週間。

 俺達は今、冒険者ギルド前で最後の別れを済ませていた。


 あの時最後にカー子とした「俺は死なない」という約束。

 結局あの約束に効果があったのかどうかは俺たち自身にも分からないが、カー子の治癒魔法とその後の看病の甲斐あって、俺はこうして無事に後遺症などが残る事も無くこの場に立てている。


 現在この独立情報都市ゴーグレは、俺達の戦闘に巻き込まれて破壊された情報通信管理局や巨大魔法陣を形成していた町中の水路の復旧作業の真っ只中だ。

 また、今回の事件をうけて他国に存在する他の独立情報都市でも魔法陣の調査が行われたらしいが、同様の仕掛けは見つからなかったらしい。


 戦いの後、一番の不安の種だった事件の事後処理や、真相の究明についてだが、これに関しては驚くほどスムーズに、解決に向けて収束していった。

 事件の後、レーカス商会が保有していた倉庫、例の地下研究施設から、今回の事件から過去の悪行に至るまで、まるで隠す気など無かったかの如く、大量の証拠品が発見されたのだ。


 一切の証拠隠滅を図らないその潔さは、この世界を偽物と呼び、現実世界に戻れれば何をしても構わないと豪語したあの人らしさが現れた結果だったのかもしれない。

 お陰で俺達は責任を追求されるどころか、今回の事件を防いだ立役者として表彰を受けるほどだった。

 

 カー子の活躍のお陰で、巨大魔法陣の影響による死者の数は、奇跡的にも0人で済んだ。

 しかし町の住民の過半数が体調を崩し、中には魔力適性が低く、重体になってしまった者も少なくないとの事だ。

 彼等は未だに病院施設で入院生活を行っているとの事、町の復旧作業と合わせて、このゴーグレの町が本来の活気を取り戻すのは、もう少し後の事になりそうだ。


 これがこの独立情報都市ゴーグレで起きた、一連の事件の後日譚だ。そして――

 

「ああ、悪いな。冒険者としてやっていくつもりは、無いんだ」


 目の前で俺達を見送るアルスとセイコムの最後の勧誘に、俺は申し訳なさそうに首を横に振った。

 あの夜、俺達と別れた二人は、そのまま合流した追加部隊を全員叩きのめして、ボロボロになりながらもなんとか館から逃げおおせたそうだ。

 

 レーカス商会は事件に関与していなかった副商会長の元、現在も立て直しを図っているそうだが、二人は今回の出来事で雇われ業務に嫌気が差して商会を辞職、俺達の世界でいうところの脱サラをして冒険者としての道を歩む事にしたそうだ。


「残念だよなー、まあ俺達もこの町での復興に一役買いつつランクが上がったら、世界中を旅してまわる予定だ。またどこか別の地で会う事もあるだろう」


「今度は誰かに言われたからじゃなく、自分達の目で見て、正しいと判断した仕事だけを選んで誇りをもってこなしていくさ」


 アルスとセイコムの言葉は、俺を通り越して背中に隠れていたキキーリアへと向けられていた。

 やはり知らずの内とはいえ、自分の上司が、職場が彼女の故郷を奪ってしまったという事実に、少なからず二人も悩み苦しんだのだろう。

 

 そんな事を考えていると、俺の背後から人慣れしていない、怯えを感じさせるオドオドとした声が、しかしそれでいて現実と向き合う意志を感じる声が聞こえてきた。


「あの……顔を上げて下さい……お二人が悪い訳じゃありませんから……それに、確かに私は不幸だったかも知れませんが、今は違うんです……」


 声の主はキキーリアだった。二人に向けられた彼女の言葉には、確かな強さが感じられた。


「引っ張り上げてもらったんです……! 私一人では這い出る事の出来なかった、不幸の底から……タカシさんとカー子さんに……そして、お二人にもです!」


 その言葉にアルスとセイコムは顔を上げてキキーリアを見つめる。


「私の事はもう大丈夫です。これからは、タカシさんとカー子さんがいますから……だからお二人も過去の事に縛られずに……これからは、未来で苦しんでいる人達に、手を差し伸べられるような……そんなお仕事が出来るように、私も応援させていただきます……」


 決意の言葉を口にしたつもりが、逆にキキーリアから激励の言葉を受け取ってしまった二人は、今にも泣き出しそうでどこか救われたような、それでいて憑き物が落ちたかのように晴れやかで、優しい笑顔をしながら「ありがとう」とお礼を述べて彼女と握手を交わした。


 二人と別れて冒険者ギルドを後にした俺達は、しばらくして後ろから追ってきた一人の女性に呼び止められた。

 冒険者ギルドの受付嬢、アシェリーさんである。

 そういえば彼女とはフラグが建ちかけていた気がしたが、ワイバーンの討伐後を最後に気不味い別れ方してしまったままだった。


「タカシさん、どうしても行ってしまうのですか? 私、私……」


 これは……思わぬところで告白イベントだろうか、心なしか俺の手を握っているキキーリアの力がどんどん強くなってきている気がするのだが、俺は敢えて気付かないフリをする。

 俺は緊張で跳ね上がる心臓を抑えながら、アシェリーさんの告白の続きを待つ。


「私……! 旦那からこれが最後のチャンスだから、何が何でもタカシさん達を引き止めてこいって言われて来たんですー!」


 瞬間、頭の中が真っ白になる。今、旦那と聞こえた気がするのだが聞き間違いだろうか。


「あ、あの……アシェリーさん? 今、旦那と聞こえたような気がするのですが……」


「あ、はい。私……この町のギルドマスターの妻なんです」


 俺の中で何かがガラガラと音を立てて崩れていく。

 アシェリーさんはどう見ても俺と同い年くらい、二十代半ばといった見た目だ。

それに対してこの町のギルドマスターといえば、ワイバーン討伐後に席を設けた、あの中年のハゲオヤジの事のはずだ。


「ご、ご結婚……されていたんですか……?」


「は、はい……年の差カップルですので周囲の目もあり、あまり公にはしていないのですが……」


 そう言いながらも頬に両手をあてて恥ずかしそうに顔を赤らめるアシェリーさん。


「そ、それじゃあCランク冒険者に昇級した際に顔を赤くして潤んだ瞳で見つめてきたのは……?」


「ああ、あの時は恥ずかしながら風邪気味で熱を出してしまっていたのですよ。タカシさんが昇級しておめでたい場だったのに申し訳ありません。それで、その時の事がどうかしましたか?」


「い、いえ……なんでもありません……」


 どうやら俺は彼女の風邪の症状を、勝手に恋愛フラグだと勘違いしてしまっていたようだ。

 正に彼女居ない歴=年齢の童貞丸出し勘違いに、恥ずかしさで今直ぐにでもこの町から出ていきたい衝動に狩られ、俺はアシェリーさんの顔を見る事が出来ないまま、最後の勧誘をお断りして逃げるように町の入り口までやってきた。


「タ、タカシさん……大丈夫ですよ……その、私がいますから……」


 隣にいるキキーリアが顔をポッと赤く染めながら俺を慰めてくれる。

 うん、ありがとうキキーリア。気持ちは嬉しいんだが今はそっとしておいて欲しい……


 今回の事件における渦中の人物だったキキーリア、彼女は捜索された資料により『吸魔の加護』の存在が明るみに出てしまい、当初は今後の扱いをどうするべきか大いに揉めた。

 しかし俺達の説得と彼女の『吸魔の加護』を抑える事が出来るという証言、そして冒険者ギルドを始めとした各方面の協力があって、俺達が責任を持って身元引受人兼能力管理を務めるという条件付きで、今後の同行が許可された。


 今回俺達がゴーグレの町を後にするのは、実のところをいうと彼女の存在が大きい。

 事件の主犯がウォルググ・レーカスであるという事は既に周知の事実なのだが、彼が暴走した原因が囚われていたキキーリアの力を求めてのものだったという情報も、少なからず町の中で広がっていた。


 人というのは得して恨みや怒りといった負の感情を他者にぶつけてしまいがちな生き物だ。

 町の住人は勿論、今回の事件で少なからず職を失ったレーカス商会の従業員など、恨みの感情を向ける対象に彼女を選んでしまった者はそう少なくない。


 俺はそういった負の感情の側に、これ以上キキーリアを近づけたくなかった。

 それが今回カー子と相談してこの独立情報都市ゴーグレを出る事を決意した一番の理由だ。

 

「ありがとうキキーリア。それとこれから俺達はゴーグレを出て、他の町を目指す事になる訳だが……初めての経験や慣れない出来事に戸惑う事もあるかもしれない。だけど、そこで出会う人々が、経験が、きっとお前に力を分けてくれる。俺だって前に進めたんだ。きっとお前も前に進める。俺はそう信じている」


 俺はキキーリアの目を見つめながら、この世界で学んだ事、そして想いを真剣に伝える。

 外の世界を知らぬまま、ずっとあの屋敷の中で過去囚われてきたキキーリアに、引きこもりの先輩としてちょっとした人生のアドバイスだ。

 彼女を心配してかけた言葉だったのだが、俺の言葉を聞いて少し考えたキキーリアは――


「だ、大丈夫です……私はまだ、自分に自信を持つことは、出来ません……出来ませんが……! それでも、私を救ってくれたタカシさんの事は信用しています……タカシさんの言葉なら信用出来ます……! タカシさんは……決して約束を破らない、『凄い魔法使いさん』ですからっ!」


 ――そういって、こちらが赤面してしまいそうなくらい真っ直ぐな瞳と、眩しいほどの微笑みを返してくれた。


 嗚呼、きっと彼女は俺と違ってこの先も大丈夫なのだろう。そんな確信めいた予感が俺の中に芽生えたのだった。


 叶うのであれば今の彼女と同い年、十年前の十四歳だった自分に教えてやりたい。

 お前の人生、ロクでもない事ばかりだと思って不貞腐れて引きこもるかも知れないが、この笑顔を見れば気が変わる。お前の人生案外捨てたもんじゃないぞ、と……


「そういえばカー子はどこへ行ったんだ?」


 検問所の手前で辺りを見回してみたが、未だカー子が到着していない事に気が付いた俺とキキーリア。

 彼女は「一人になりたい」と言って冒険者ギルドの前で別れて、先にこの場所に向かっているはずだったのだが……


 カー子に関しては語るまでも無いだろう。彼女とは本当に色々あった、これからもきっとそんな日々が続くのだろう。


 仕事を失った。住み慣れた町も出て新たな拠点を探す事になった。これから先も一朝一夕にはいかないだろう。

 しかしカー子とキキーリア、彼女達と一緒ならば、俺達三人で進むならば、きっとどんな困難にも立ち向かう事が出来る、そんな気がしてならなかった。


「あ、タカシさん……見つけました……! あちらの方でぼっーとしてらっしゃいます」


 キキーリアに言われた方角を見てみれば、確かに遠くを見つめたまま、どこか物思いに耽っている様子のカー子がそこに居た。


 彼女の姿を見つけて呼ぼうとした時、俺はいつかの森でした約束事を思い出していた。

 そう、彼女は最早ただのサポート役では無い、れっきとした俺の友人であり相棒なのだ。


 俺はこの異世界に放り出されて初めて得る事の出来た、かけがえのない相棒に向かって手を振りながらその名を呼ぶのだった――


「おーい! 早くしろー、出発するぞー! ――――!!」

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