エピローグ 彼女の追想

「最後にお世話になった冒険者ギルドに挨拶と、共に戦った仲間との別れを済ませにいく」


 そう言ったタカシの「共に戦った仲間との別れ」という台詞に思うところがあり、私は彼等の別れには立ち会わず、一人先に向かっていると告げて別行動をさせてもらっていた。


 集合場所である検問所まで遠回りをしながら、目的もなく町の中を歩いてみてはいるが、やはり脳裏に浮かんできてしまうのは先程の「共に戦った仲間との別れ」という言葉、そしての事だった。


 タカシと出会ってから数ヶ月、それはもう散々酷い目にもあったが、私はどこかその慌ただしい日々を懐かしく思い、そして楽しんでいた。

 共に戦った仲間――数百年前世界に魔王を名乗る異世界適合者が出現し、世の秩序を歪めてまわった際に、私は魔王を討伐しこの世界を救う秩序を導く存在としてこの世界に生を受けた。


 その秩序――”異世界適合者”光の騎士、その私から冷静さを奪う言動、厄介事を引き込む体質、普段は締まりがないくせに、最後の最後、一番良いところは自分で持っていくところ。

 そう、タカシはどこかに似た雰囲気を持っていた。


『お前ってホント母親みたいに心配性だよな。そうだ、これからはお前の事はカーちゃんと呼ぶ事にしよう』


『なによそのふざけた呼び名は! 私には『秩序の大精霊・カーバンクル』という『世界の意志』より頂いた崇高な名前があるのよ!』


『俺の故郷じゃ真の仲間の事はあだ名で呼ぶって風習があるんだよ。それにいいじゃねえか、カーバンクルじゃ味気ねえし、カーちゃんのほうが女の子らしくて可愛いと思うぜ?』


『し、真の仲間……女の子らしくて……か、可愛い…………し、真の仲間なら仕方ないわね! 特別にその呼び方を許してあげるわ。ありがたく思いなさい!』


『ふっ……チョロいな……』


『ん……? 今何か言った?』


『いーや、何も』


 懐かしい記憶を思い出す。彼と、彼等との冒険は辛いことも多かったが、心の底から楽しい時間だったと、今思い出してもそう思える。

 それ故に、別れの時は心が引き裂かれるほど辛い思いをした。こんなにも辛いのならば、親しくなどならなければ良かったと思うほどに。


 私が敬語を覚え、その後に出会う異世界適合者とも、一定の距離を取るようになったのも、その時からだったろうか……

 しかし――タカシとの出会いは酷いものだった。出だしから敬語を忘れさせられ、距離感を間違え、終始ペースを狂わされてばかりで……そして、どこか懐かしく、忘れかけていた楽しさがそこにはあった。


 この世界、そしてこの町に来て、タカシは確実に成長した。

 きっといつか、そう遠くない未来に、彼もまた己の社会不適合者という烙印を撤回、克服し、元いた世界への切符を掴み取る時が来るのだろう。


 彼が現実への帰還を願う限り、私は彼の手助けをしなければならない。

 それが私の精霊としての存在理由だから、そして――彼と【誓約の魔眼】に誓った約束事なのだから――


 それでも、それでもなお――何の縛りもしがらみもなく、私に願う事が許されるのならば――


「おーい!」


 ふとそんな考えが脳裏をよぎった瞬間、耳元に届いた私のよく知る声により、ハッとして我に返るのだった。


「早くしろー」


 どうやら物思いに耽っている内に、いつの間にか目的地の検問所前まで辿り着いてしまったようだ。

 遠回りをしたせいか、それとも考え事をしていたせいで足取りが遅くなっていたのか、いつの間にか彼等の方が先に目的地に着いてしまっていたらしい。


「出発するぞー!」


 手を振りながら私の名前を呼ぼうとする彼に向かって、走り出そうとして――続く言葉にまた足が止まる――


「カーちゃーん――――!!」


 あれほど嫌がっていた呼び方を大声で叫んでいるタカシの姿に、思わず足が止まり硬直してしまう。

 そして二人のの言葉を思い出して納得してしまう。


『呼び方に関しては時間を重ねるうちに、おいおい変わってくる事もあるだろう?』


『俺の故郷じゃ真の仲間の事はあだ名で呼ぶって風習があるんだよ』


 そうか、の中でも私は――


「はーい! 今行きますからー、待ってくださーい!」


 そう言って二人の元へと駆け足で走り寄る。

 二人の元へと辿り着き、検問所を抜けて独立情報都市ゴーグレを後にすると、私はタカシとキキーリアの横へと並び立ち、行く先を指差し高らかに宣言した。

  

 先程脳裏をよぎった願い事は、ひとまず忘れる事にしよう。

 今は、余計な事を考えずにこの瞬間を精一杯生きて、楽しまなければきっと後悔してしまう。そんな気がしたのだ。そう――


「さあ! 目指すは新しい町! そして新しい職場! これからは三人で、頑張りますよー!」


 ――そう、社会不適合者タカシ元精霊カーちゃんの異世界就活は、まだ始まったばかりなのだから――

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