第29話 呪いと呼ばれたチカラ

 キキーリアと友人になってから三週間程経過しただろうか。


 レーカスさんによると本来魔力適正というものは、この世界に生きる殆どの住人はD~Fランク程度の魔力を有しており、Cランクで周囲から持て囃され、Bランクともなると殆どは高ランクの冒険者や貴族のお抱え魔法使い、もしくは規模の大きい魔法研究機関で専属魔法研究者や魔道具技師の道を選ぶという。


 大商会であるレーカス商会であってもBランクの人材確保は難しいそうで、商会全体を見渡しても数える程しか居ないというのが現状らしい。


 そんな訳でここ、レーカス邸に勤めているお手伝いさんや警備兵等は皆、魔力適正Cランク~Dランクの人達で構成されている。

 これより魔力適正が低いと、キキーリアに近付いただけで体調を崩したり、短時間接しただけで倒れる事まであるそうだ。


 ちなみにあの晩、キキーリアの近くに座ったまま眉一つ動かさなかったレーカスさんは魔力適正Bランクであり、魔法使いとしてもかなりの腕との事。

 凄腕魔法使いで大商人とかこの人の方が俺なんかよりもよっぽど異世界転移チーターが似合いそうである。

 レーカスさんの場合は更にキキーリアの『吸魔の加護』の効果を軽減する高級な魔道具を身に付けている為俺と同等の耐性を得ているのだそうだ。


 しかし耐性があり引き取った張本人とは言えど、レーカスさんは大商会を率いる商会長で多忙の身だ。身元の保護は出来ても、その心まで癒す程の時間は取れなかったのだろう。

 彼女がレーカス邸に引き取られてから今に至るまで、好んで親しく接しようとした人物が居なかったであろう事は、当初の疑心暗鬼具合からも見て取れた。


 最初はやはりと言うべきか、俺達にも近付くのもおっかなびっくりといった様子で、話せるようになるまでも大分苦労したものだ。

 次第に無理矢理付きまとう俺達がどれだけ長く彼女と行動を共にしても体調を崩さない事に気付くと、そこからは少しずつ話を積み重ねていき、今では彼女とも大分打ち解けてきた。


 キキーリアと仲良くなってからしばらく経ったある日、彼女が自分の身の上話を聞かせてくれた事があった。


「以前、その……ご主人様から伺ったのですが、私の髪と目の色はとても珍しい物で……多分悪い人達は私を売り飛ばすために村を襲ったのだろうと……」


 レーカスさんの話を思い出す。この国では既に奴隷制度は撤廃されており、労働力としての奴隷は全て開放されているのだが、未だに古い考えを持つ貴族や、一部の悪趣味な金持ちの間では、美しい女性や珍しい人種等をコレクションと称して大金を積む輩が存在している事。

 そして非合理にそういった人々を商品として扱う闇商人や、下請けとし人攫いを行う盗賊などが存在する事。


 キキーリアもそういった屑共の薄汚い欲望の犠牲になったのでは無いだろうか。


「だから……私は自分に掛けられた加護呪いのせいで、外に出ては行けないと……自分の生まれ育った集落とこのお屋敷の中、それが私の知っている世界の全て……なのです。ご主人様が私の加護呪いを抑える研究をしてくれていると言っていたので、いつの日か自分の足で外の世界を見て回るのが、私の夢……なのです」


 前半の話はあまり小さい子に聞かせるような内容では無かったとも思うのだが、これもレーカスさんがキキーリアの身を案じて釘を差したという事なのだろう。

 キキーリアと別れた後、俺は彼女の背負った業と、あまりにもささやか過ぎる夢にいたたまれない気持ちになっていたのが――


「タカシ、大事な話があります」


 部屋に戻ってくるなりカー子がそう言って話を切り出してきた。

 このタイミングで話題を切り出すという事は、十中八九キキーリアの事だろう。しかし大事な話となると俺には心当たりが無かった。


「初めて出会ったときから違和感を抱き、あの子の事を観察してきましたが、ようやく結論に至りました」


 そういえばカー子は初めてキキーリアを紹介された時からどこか彼女の事を真剣な眼差しで見つめていたのを思い出す。


「あの子、精霊の血を受け継いでいます」


 カー子の言葉に俺は目を見開く。


「それって……人間じゃないって事か?」


「人間ですよ。遥か昔に人間落ちした元精霊と人間の間に出来た子孫という事です。身体の作りもまんま人間そのものでしょう。ただしあの子の場合、先祖返りを起こして精霊の力の一部が暴走しています」


 力の一部が暴走……そう聞いて真っ先に思い浮かんだのは、彼女――キキーリアが呪いと呼んだその力、『吸魔の加護』と呼ばれている能力だった。


「元来精霊とは魔眼と同様に『世界の意志』に干渉して魔力を無尽蔵に引き出し自分の物へと変換できる存在です。しかし祖先が精霊落ちしているあの子には精霊としての『世界の意志』との繋がりが有りません。しかし弱々しく、そして中途半端に一部だけ暴走してしまったあの子の力は『世界の意志』の変わりに周囲の人々へと魔力の提供を求めて無意識に干渉してしまっています」


 成程、それがキキーリアの『吸魔の加護』の正体だったという訳か。しかしそうと分かれば話は早いほうがいい。


「それじゃあさっそくその話をレーカスさんに……」


「待って下さい!」


 報告しなくては、と部屋を出ようとした所でカー子に呼び止められる。


「レーカスさんに話すのは少々待っていただけないでしょうか。何かが引っ掛かるのです」


 キキーリアの話ではレーカスさんは彼女の『吸魔の加護』を押さえ込む研究をしてくれているとの事だ。

 話すなら少しでも早いほうが良いのではないかと思うのだが……カー子は深妙な面持ちで腕組みをしたまま何やら考え込んでいる。


「分かった、元々気付いたのもカー子の手柄だしな。お前の引っ掛かりとやらが解消されるまで誰にも喋らないでおくよ」


 まだそれ程長い付き合いでは無いが、今までの付き合いから俺は、俺の事をサポートしてくれると言ったカー子の事をそれなりに信用している。

 そのカー子が何か理由があって欲しいというのであればきっとそれには何かしらの意味があるのだろう。


「ありがとうございます」


 お礼を返したカー子はそのまま「少し考え事をしたいので外を歩いてきます」と言って部屋を出ていった。去り際に――――


「……レーカスさんが彼女を人目から遠ざけるのは理由、本当に彼女の為だけなのでしょうか……」


 ――という不穏な独り言を残して。

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