第2話 失意と出逢い
「本日は有難うございました。採否の結果は来週中には電話にてご連絡差し上げます」
今日もまた手応えを感じる事が出来なかった――
面接官の中年男性に退室を促されて面接室を後にすると、俺は深い溜息を吐きながら会社を後にするのであった。
◇
家を追い出されたあの日から、一ヶ月以上の月日が経過していた。
最初の一週間こそ本気で頭を下げれば家に入れてもらえるのでなかろうか? と、毎晩自宅へと通いつめたものの、家の電気は暗いまま。我が家には生活の気配すら感じる事が出来なかった。
母も今度ばかりは本気なのだろう、勤め先の職場に宿泊設備でもあるのか、自宅へ帰ってくる気配すら伺えなかった。
電話を鳴らしてみても通じる気配は無く、しばらくするとメールが一通、『次に電話を鳴らした時、通話内容が就職報告じゃなかった場合パソコンを破壊します』という、俺にとってはこれ以上ない脅迫文が送られてきた。
以来就職活動に力を入れているが今のところ結果には繋がっていない。
面接まで漕ぎ着ける事が出来たのは、今日を含めてまだ三社目だ。
その他にも多数履歴書は送ったのだが、大抵は俺の中卒以降真っ白な汚れなき履歴書を見るや否や、恐れを為して不採用の通知を送ってくる有様だった。
そして時は今に至る。
夕暮れ時の公園にスーツを身に纏い眼鏡を掛けた黒髪の若者が一人、ブランコに腰を掛けて真っ白に燃え尽きていた。そう、俺である。
正直な話この一ヶ月ほどで、俺の心は折れかけていた。
やはり学歴も職歴もまるで無い俺のような社会不適合者が就職など、無理な話だったのでは無いだろうか。
俺は帰り道にコンビニで無料配布されていた、アルバイト募集の情報雑誌を手に取り眺めていた。
だがしかし、あの心を鬼にした母親に対して、アルバイトの面接合格の報告等して大丈夫なのだろうか? 電話報告と同時に通話機の向こう側からパソコンの破砕音が聞こえてくるのがオチなのでは無いだろうか?
散々悩み考えてみるも答えは見つからず、つくづく俺は社会不適合者なのだと自分を卑下しながらブランコを離れると、俺の足取りは力無く駅前方面へと向かって歩を進めていた。
(今日ぐらいネットカフェにでも泊まって、オンラインゲームに癒やされよう)
(明日から――明日からまた頑張ろう――)
「明日やろうは、バカやろう」という言葉を、昔どこかで聞いた覚えがある。
今に思えばこの時の俺は、本当に馬鹿野郎だったのだろう。
既に追い詰められていた。後が無い事を理解出来ていた。それでも、明日がある、明日から頑張ると、今日から逃げる行為を繰り返していた。
この時、公園からすぐ近くにあるアパートに帰って今日の面接の反省点を洗い出すなり、明日からの就職活動の対策を練るなり前向きな行動に出ていれば、あんな事にはならなかったのだろう。
◇
公園から仮宿のアパートとは反対の方角、距離にして数キロ歩いた先に目的のネットカフェは存在している。
この日の俺は疲れを理由に、普段駅方面に向かう際に使っていた、住宅街から出て大通り沿いに歩く道を使わずに、まっすぐ公園から住宅街を突っ切る形で駅を目指していた。
もうそろそろ住宅街を抜けて駅の裏口付近にたどり着くといった時、辺りはすっかり暗闇に包まれていた。
住宅街の外れにある寂れた細道、他に通行人の居ないこの細道を抜ければもうすぐ駅前だ。
あと少し、という気持ちで力強く一歩踏み出したその先にソレは待ち構えていた。
(水溜まり?)
ツイてないな……と思いながらも回避を試みてみるが、勢いをつけて大きく踏み出したその一歩は既に体重移動が完了しており、目を凝らして足の着地場所を探してみても、瞳に映るのは逃げ場など存在しないただただ広い水溜りが口を開けて待っているだけだった。
スーツと靴が汚れてしまうな、と舌打ちをしながら諦めて俺は水溜りに足をついた
次の瞬間、信じられない現象が俺の身に襲い掛かってきた。
足が、地面に着かないのだ――そのまま体重を掛けてしまった水溜りの中へと俺の体は全身沈んでいく。
「た、助けっ――」
叫びかけたところで顔まで水溜りに沈んでしまう。
手を伸ばして水溜りの縁を掴もうにも、必死で振り回した手は空を――否、水中を切るばかり。
なんとか浮かび上がろうと、必死に藻掻いてみるも、もはやどちらが上なのか、自分は果たして今呼吸が出来ているのか?
それすらも判らずに、ただ沈んでいく、という感覚だけが体を支配して――
そうして俺の視界は真っ黒に塗り潰されていき、同時に深い闇に吸い込まれるように俺の意識はゆっくりと途絶えるのだった。
光の気配に目を覚ますと、眼前に広がるのは一面の緑、空を覆い尽くすような木々の葉が一面に広がっていた。
そして一部緑の隙間から太陽の光と思われる光源が差し込み、俺の頬の辺りを照らしていた。
「ここは……どこだ……?」
痛みが無い事を確認して体を起こすと、目の前には見たことも無い程透き通った湖が一つ。
辺り一帯は空を覆う木々の葉から想像は出来ていたが見渡す限りの木、木、木。
自分はどうやら森の中に居るらしい。
俺は駅前のネットカフェに向かっていた筈? 一体何があった? そんな次々と浮かんでくる疑問に答えるように、ふと誰も居なかったはずの後方から凛とした鈴のような声が響き、俺は慌てて振り返るのだった。
「ようこそ異世界へ、社会不適合者様。いいえ……異世界適合者様」
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