第12話 限定解除と精霊の力

 先程感じた感覚は夢でも死後の世界でも何でもなかった。

 比喩では無く本当に暖かな光に、俺とカー子は包まれていたのだ。


 そして俺はカー子の姿の変化に気が付く。


「この光は……? ってそれよりカー子、お前その姿。元に戻れたのか?」


「おかげさまで」


 胸元の開いた赤の美しいドレスに三対六枚の結晶状の翼、淡く全身を光らせた神秘的な美少女、異世界転移初日にあの森で俺が目にした俺の中における異世界ファンタジーの象徴『大精霊カーバンクル』がそこには居た。


 しかしカー子の様子は以前見た姿とはどこか違っていた。

 よく見れば瞳の色がエメラルドグリーンのままである。そして、あの時はその位置を額に移動させていた朱玉の宝石が胸元から移動していないのだ。

 俺は微かに感じた違和感を口にする。


「お前、その……瞳の色と宝石の位置は?」


「察しがいいですね。これは”限定解除”による一時的な精霊体の具現化です。実はあまり時間が残されていません。その質問に対する返答は一先ずを片付けてからにしましょう」


 カー子はそう言うと後ろを振り向く。

 いや、”限定解除”とか一時的な精霊体の具現化とか初耳なのだが。

 俺は色々と突っ込みたい気持ちを必死で押さえ込み戦況を見守る。


「いつまでそうしているつもりですか?」


 俺達に斧を振り下ろしたまま硬直していたジャイアントオークは、振り向いたカー子に気付き我に返ると、何かの間違いだと言わんばかりに首を振るって再び斧を振り上げる。


「遅いですよ」


 その間に一歩、二歩と前に出ていたカー子は、斧を振り上げたジャイアントオークに手の平を当てていた。


 瞬間、ジャイアントオークの身体が高さ数十メートルにも昇る一本の火柱に包まれて断末魔の悲鳴を上げる。

 火柱の根本をみれば赤色に光る魔法陣が煌々と輝きを放っており、俺は暫しの間その輝きに目を奪われてしまう。

 少ししてフッと火柱が消えたかと思うと見事に炭化したジャイアントオークがその場に崩れ落ちる。

 一体どれ程の高火力だったのだろうか。目を下にやれば地面が焦げるのではなく一部が溶けている。


 ジャイアントオーク達の包囲網が崩れ去る。先程まで余裕から顔をニヤつかせていた彼等は自分達とは生物としての格が違う、正に別次元の生き物を目の前にしてそれぞれの反応を示している。


 同胞が葬られた事に怒り狂う者、恐怖に顔を歪め及び腰になる者、そして冷静に此方の様子を伺おうとしている者。

 恐らく、あの一際デカくて此方の様子を伺っている個体がリーダー格なのだろう。


「カー子! あのデカい奴を!」


「わかっています!」


 カー子がリーダー格と思わしきジャイアントオークに手の平を向けて狙いを定める。しかしそれはすぐに中断された。


「「ブモォォオオオオオオオオ!!」」


 先程から怒り狂っていた様子のジャイアントオークの個体がニ匹、カー子の左前方から突っ込んできた。

 一匹は斧を、一匹は巨大な槌を振りかぶる。しかし――


「邪魔ですね」


 カー子の周りに展開された光の壁によって全ての攻撃が受け止められる。

 それと同時にカー子は左手を水平に薙ぎ払うように動かした。するとカー子の手の動きに連動するように彼女の左側三枚の翼が身体から離れて水平に振るわれる。二匹のジャイアントオークは同時にその身体を上下に、その命諸共切り裂かれていた。


 後ろから見て初めて気付いたが、その羽背中から生えているんじゃなくて自立式で浮いていたのか。しかも武器扱い、通りで剣みたいな形状をしている訳だ。


「残り、九匹」


 再びカー子が視線を向けると、リーダー格のジャイアントオークは決して勝てぬと悟ったのか、一言鳴いて味方に合図するとその身を翻して森に向かって撤退しだした。他の八匹もそれに続く形だ。


「た、助かったのか……」


 俺はペタンとその場に尻もちをつく。そしてお礼を述べようとカー子の方を伺いギョッとした。

 カー子を包む淡く赤い光が灼熱を彷彿とさせる真紅の輝きへと変貌していたのだ。

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