善戦

 良い敵だった。ああいうのは良い。研ぎ澄まされた殺気、この世界の生物の中ではトップクラスだった。決着こそ一瞬だったが、密度の高い邂逅、戦闘。

 珍しい鉱石だが、それを武器にして扱うと殺傷力の高い物になる。“ここ”に到るまでにあれの手下のような雑魚に出会ったが、それらも同じような武器を持っていた。質は落ちていたが。

 今俺がいるのは洞穴を更に進んだ先にあった、奴らの集落。蟻の巣の様に横穴、縦穴が掘られて、それらを住居や倉庫にしてある。

 当然住人が存在しているが、既に侵入者がいることは分かっていたようで、手厚い歓迎を受けた。大小様々な個体が手に手に武器を持って立ち向かって来たが、小さいから子供というわけでも無いようで、小さいなりの長所を活かして攻撃してきた。

 とはいえ最初に出会った奴ほどの強いやつはいなかった、まだいなかった。

 なのだが最奥の、広い空間に出れば期待していた者が待っていた。近衛のような重装兵に守られた戦士。王が如き威容、事実そうなのかもしれないが間違いなくあれが一番強い。手には眩い大剣、他と同じ材質なのは確かなのだが、空気さえ斬り裂きそうな冷たさを感じる青い刃。

 近衛が八人、一体あたりの強さを考えると、全部同時に相手をしたら丁度良さそうだ。


「いいぞ、掛かってこい。お前らをガラクタにしたら、……次は王様を踏み潰してやるよ」


 俺は広場を見下ろせる通路から眺めていたが、向こうも臨戦態勢で待ち構えていた。同時に相手をするのだから、当然真ん中に降り立つ。

 それを確認してから向こうがゆっくりと動き出し、四方を囲むようにして近づいてくるが、仕掛けてくるのを待つ。

 背後にも敵が回ると、それが大槌を手に掛かってきた、半身を開いて既で躱す。反撃を繰り出す前に次の敵が横から迫る。飛んで躱した所に更に追撃、宙に浮いている無防備な所に大盾のぶちかしを受けた。

 転がり受け身を取るが、そこに振り下ろされた剣を立ち上がりながら避ける。息をつく間もない連撃に目を丸くする。先の敵よりも一体一体が遥かに強い、それがあの武器の鋭さと数で来るのだから、思ったよりも手がかかりそうだ。そしてあの、練度の高い攻めは一朝一夕で出来るものではない、長い鍛錬の末に会得したものだろう。

 それは磨き上げられた宝石のように美しいものである。だから――。


「ああ……、嬉しいなぁ、楽しいなあ……。こんな素晴らしいものを、『台無しに出来るなんて』」


 戦闘は楽しい、けれどそれは自分がより強くなるのを実感できるからであり、このような見て分かる程の強さならば、倒したとあっては相応に悦ばしいことであり、それこそが自分にとって至福なのである。

 だから『本気』に値する。


 中央に位置することで、逆に敵は誰が仕掛けるかを悩ませることになる。とはいえそれは僅かな時間稼ぎにしかならない。そして常に死角にいる者が無駄のない軌跡を描いて攻撃してくる。今回は三叉槍、まともに当たれば串刺しだ。

 先程は綺麗に躱してのけたが、今度は前回よりも少ない動きで、『肉を絶たせる』。

 躱すというのは、その分“敵から離れる”ことになる、当然最小限の動きであればカウンターも繰り出せる。達人というのはそういうものだろうが、俺は別に達人でもなければ、『戦士』でもない。

 敵に勝つだけの『獣』、それでいい。だから痛みを享受する、そして真の意味で最小限の、死なない程度の切り傷で抑えることで、敵は目前にいる。鉾の柄を握り、敵を引き寄せたらば、小さなモーションからのフックで鳩尾あたりに穴を開ける。


「ぐがっ……!」


 それは死んだようだが、その鎧が俺を捉えた。鎧の鉱石は、外に棘が開くのではなく、内側に刺さる。つまりこいつらは、“犠牲になるのを前提に存在している”のだ。

 だから示し合わせたように仕留めに他が来る。今度は二体同時、完璧な連携で、寸分違わず二つの刃が襲いかかる。

 一つは頭、もう一つは心の臓。俺よりも倍近くでかいのに、低い標的にも正確に合わせてくる。だがそのまま命は呉れてやらぬ。


「……ぬあぁ!」


 腕に喰い付いた敵ごと振り回す。刺さった棘は更に喰い込み、肉を千切るがそれでも腕を振り切った。

 攻撃を防いだ代わりに右腕の、肘から先が無くなっていた。

 普通ならばこれで勝負有り、だ。


「残念だが、俺はこれぐらいじゃ止められねえぞ。――それじゃあ順番に死ね」






 ガラン達、黄金の毛皮。今は一人減った四人が、奥に向かって走っていた。


「……なんじゃこりゃ」

「地獄絵図、そういう感じだね」


 ナックスもジャネルも完全に他人事、それもそうだ。なにせ彼らが仕出かしたことではないのだから。本人に自覚があるのか無いのか、兎に角見知らぬ男に助けられた四人は、その男の後を追って進んでいた。

 興味本位でもあるが、万が一あの男が窮地にあったならば、逃げる助けをする程度の気持ちは持ち合わせている。必要かどうかは置いておいて。

 なのだが歩けば敵の死体が散乱しており、一体が彼らにしては強敵といえるのに、ゴミのように散らばるそれには只々畏怖するしか無い。


「――本当に何なんだ、どこから来たんだよ」


 ガランは不思議に思うが、ニアンから来たということは今の段階で知る術はない。


 死体の数が疎らになった辺りで、通路は大きな空間へと通じていた。そこにいたのはあの男、そしてもう一体の『怪物』だった。


「――」


 全員が出かけた言葉を飲み込んだ。雰囲気に飲まれたのもある、しかし理由の大部分は生物的な本能。『怖かった』のだ。

 張り詰めた空気も、殺気を隠そうともせぬあの男も、それと対峙する化物も。

 中で最も恐ろしいのは最後の化物。彼らはあれを怒らせるのが怖かった、冷たい恐怖は向き合う男にしか向けられていないにも関わらず、それが僅かでも自分に向くのが恐ろしかったのだ。

 ぱっと見は他の敵と違いはない、青い体に空洞のある顔。鎧は豪奢だが作りは変わらぬ、けれども違いは明らか。研ぎ澄まされた剣気は歴戦の強者のそれ、ニアン中の戦士をかき集めても敵わぬ。カガールに頼むべき敵だろうが、嘗てそこまでに至った自体は数えるほどしか無い。

 つまりカガールが負ければニアンの終わり。それがわかるからこそ四人は竦んで動けない。勝てる訳がない。

 ではあの男はどうなのか。戦う以上答えは二つに一つ。

 凍りついたような空気は、あの男が先に切り裂いた。






「りゃっ!」


 低く低く、可能な限り体勢を地面に近く。奴は他のやつよりも更に大型。三メートルはある背丈。だからこそ出来るだけ当たらぬように。

 向こうは半身であの恐ろしい大剣を構え、左腕の体半分を隠せそうな大盾をこちらに向けたまま動かない。接近しながら体を左に振る、意識がそちらにいったのを分かると同時に右へ飛ぶ。敢えて盾がある方へといく、狙うはそれよりも更に下。地面との間の僅かな隙間から攻撃をする。


「ぜあっ――!」


 しかし潜り、足へと水面蹴りを放ったのだが空を切った。躱された、そう思ったが違う。『既に躱している』、つまり今俺は――。


「くっ……!」


 気がつくのが一瞬早かった、転がって逃れる。逃れた直後に地面が揺れる、剣が地面に垂直に刺さった衝撃だ。あれは刹那に躱し、攻撃に転じてみせたのだ。


「へへへ、強い強い。いい線いってるな、お前」


 立ち上がって笑う理。


「けど俺より弱い」


 今度は捻りがない真正面からの突撃。向こうにも若干、不意を突かれたような気配。だがそれ自体は隙とも呼べぬ。そうだ、隙など要らぬ。

 奴の左側に、剣がある方に走り突っ込む。この速さであれば振り下ろすのでは間に合うまい、なれば来るのは一つ。

 敵も小技は使わない、シンプルだが研ぎ澄まされた完璧な突き。狙うのは間違いなくこの胴。

 だから“読める”。


 読み通り心の臓を一突きにせんとする一撃を腕で撃ち落とす。剣を撃ち落とすなど馬鹿の所業、出来るわけもない。

 事実、左腕は弾けるように血しぶきをあげて消え去る。だが切っ先がほんの僅かにズレた。剣には負け砕けたが、一瞬でも当たればいい、衝撃を伝えればいい。そのごく僅かなズレが串刺しを避ける、体を捻ることで脇を斬り裂くが体は残った。

 そのまま間髪入れずに進み、蹴りで向こうの足を砕く。体が崩れると同時に近くなった奴の胴を蹴り上げ風穴を開ける。


「……ふうっ。終わり、か」


 夥しい流血、足元には血溜まりが出来上がる。それでも倒れない、膝は崩れない。


 息を整えていると、何者かが近づく音。見れば先程会った男女。人種的に多分ニアンの奴ら。取り囲んで何やら話しかけてくるが、何を言っているかわからない。メーディがいないのだから当然である。

 顔を見れば賞賛されている気がするが、こんな弱っちい奴らに褒められた所で何一つ嬉しくもない。あしらってその場を去る、去る前に一応倒した証拠が必要なことを思い出した。

 敵が持っていた武器の何れかを拾い上げようとするが、触れると棘が突き出すのだろう。なので最後に倒した王みたいな奴に近づく、死んでも俺の血がついた剣をしっかりと握りしめている。寧ろ死んだことでより強く握っている感すらある。なのでその腕を切り落とし、腕ごと剣を持ち上げる。こうすれば俺でも持って帰れる。序に頭も取って帰る、これだけあれば事足りるだろう。


 それじゃあニアンに帰ってうまい飯でも食うとしようか。

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