実力
一人、荒野を彷徨う理。地球にいた時からこうして、見知らぬ土地をぶらぶらと歩くことは多かった。方向感覚には自信があるので、帰り道に迷う心配はしていない。けれども心中を漂う不安。
「弱っ」
ニアンの出入り口付近にいた他の狩人を捕まえて、よく獣が出る場所を聞いていた。よく出るという言葉の通りなのであろう、そこまでの道は踏み固められて人道が出来ていた。そして確かに獣は散見された。ただしその強さは期待を大きく下回っていた。
一軒家ほどはあろうかという、頭も尾も無い“サソリもどき”や、『石』に足が生えたようなトカゲ、人より大きい、翼と足が四本ある怪鳥などと遭遇した。
しかしそのどれもが軽く“撫でれば”千切れ、吹き飛ぶ始末。
同じ場所にいた他の狩人達は驚嘆し、呆然としていたが、理としてはそんなことはどうでも良いし、求めていたのはこんな“ひ弱”な生き物ではない。
それらの死骸を持ち帰れば、当初の目的である評価の獲得は出来るのだが、既にその事は頭の外である。倒した敵は数十もあって、彼の通った道は死屍累々で、中にはその死骸を拾っている狩人もいる。
より強い生き物を求めて更に歩き続ける理は出会った狩人、その中でも強そうな者を見つけて心当たりがありそうな所を尋ねた。その返答としては、先にある渓谷がほぼ未開拓で、危険も計れないという。
計れないというのは強い敵がいる保証には成り得ないのだが、それでもここで無聊を慰めているよりはマシだと、そこを目指して進んだ。
高い岩壁に挟まれた渓谷は薄暗く、肌寒いが生き物の気配は殆どしない。謀られたかとも思った理だが、一先ずは探索しなければ分からないだろうと、行動を開始した。
なのだが、未開拓だと聞いたのに“人が通った後”が見て取れた。判りにくくされてはいるが確かに人の足跡で、わざわざ消しながら歩くというのだから素人ではあるまい。それを追って進むと洞穴を見つけることが出来た。
迷わず入り、奥に行くと不思議な『青白い石』を見つけた。触れると弾けて掌を貫かれた、それだけ鋭利な鉱石が点在している。それに興味を惹かれながら進んでいる途中、戦闘の音が聞こえた。その音に導かれて行くと、あの青白い石の鎧を纏った大きな戦士二人と、ニアンで見た人種が四人戦っていた。
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「おお、やっとそれっぽいのがいたよ」
「――誰だ、お前」
現れた黒髪の男は、この緊迫した空気を割るように、呑気な表情で立っていた。あの恐ろしい敵がいるというのにその強さに気が付かないのか。見れば、何一つとして装備をしていない。まさかとも思うが物見遊山でここまで来たのでは。
男はこちらと、あの敵を見比べて、空洞顔の戦士に近づいていく、あまりにも無防備な接近に思わず声を荒げる。
「おい!気をつけろ!」
けれども声を掛けたのは逆に状況を悪化、こちらを見た男はあの戦士の槍に脇腹を貫かれてしまった。鮮血が舞い、男は不思議そうに自分の傷口を見た。
「……へえ、いい武器だな。俺を傷つけられるなんてな」
男の言葉が分からない、聞いたことのない言葉だ。ニアンの者では無いのだろうか。だがそれよりも問題は傷口なのだが、あの男はまるで意に介していない、そればかりか『嬉しそう』にすら見える。
「ふむふむ……、お前とは戦いになるかもしれないな」
何事か呟いた男は、今自らを攻撃した、槍を持つ敵に再びゆっくりと近づいていく。
俺はその隙に他のメンバーに目線を送る、ジャネルも頷いた。可哀想だが、あの男には囮になって貰う、奇妙な人間だが、生命力に自信があるのなら時間稼ぎにはなるだろう。
敵の槍が一瞬動いたのを確認すると同時に、走り出そうとした――、のだが。
「むんっ!」
ゴガン、という聞いたことが無いほど重厚な音が響いた。巨大な鉄板を槌で叩いたような音に思わず振り返ると、あの男が敵を吹き飛ばした所だった。
「そんな、まさか……」
「おいガラン!なんで逃げねえんだ――」
ナッシュも同じ方を見たようで、言いかけた言葉が途中で切れた。
あの男は、背丈が倍はある敵を『体当たり』で吹き飛ばしたのだ。飛ばされた敵も死んではいないが、ダメージがあったのだろう、ゆっくり起き上がる。
しかし敵の鎧、胸部が棘を露出させていた。男を見ると肩から出血している。
「痛てて、やっぱり鋭いな……」
少しだけ眉を下げただけでダメージにもなって無さそうな様子に、口が開いてしまう。そして男はまた、何事も無かったかのように歩きだす。すると、今度は剣を持った方の敵が身じろぎした。
「あっ――」
ジャネルが何事か言いかけたが、それよりも速く、敵は動き突進していった。遠くから見ているので今度は眼で追えたが、それでも恐ろしく速い。自分たちであれば何にも気が付かずあの世行きの神速の攻撃。
――それをあの男は見切った。
「まあまあ速いな」
男はあの剣を躱し、腰だめから拳を放った。……いや、恐らくそうしたのだろう。俺は結果しか分からぬのだから。
男は無傷で、敵は飛ばされた。男は素手で、なれば出来ることは一つしか無い。
「あり得ねえ……」
ルミルが呟いた一言はここにいる全員の総意だ。信じられない、あの敵は途轍もなく強い、それは経験から明らかな事実だ。あれに敵うのはニアンでもそうはいない。一人で勝つことができるのはさらに一握りだ。そしてここまで圧倒できる者など――。
「おし、分かった。まあまあだ。及第点ってところか、今度は二体同時に掛かってこい。一片に終わりにしてやる」
あの敵が、動揺している。仕掛けるのを躊躇っている。それ程あの男は規格外なのだ、更に恐ろしいのは、あの男はまるで本気でない。涼しげに全てをやってのけている。
だが向こうも引けない、そういう理由があるのだろう。誇りか、何かを守っているのか。多分この奥には奴らの集落があるのだろう、それか。
そして二体が同時に攻撃に出た、上下に、槍を持つほうが跳躍し刺しに行く、剣を持つ方は低い姿勢から薙に出た。男の左右から迫る攻撃、対応するのはまず不可能だ。
しかし。
「――らぁっ!」
男の影が“ブレた”。一瞬、消えるように動き出した男は、迎え撃つのではなく自分で仕掛けに行った。
二体同時に来ているのに、片方を攻撃すれば、もう一体に致命的な隙を晒すことになる筈なのに。
「おらぁ!――うりゃあ!」
「……は?」
「え?」
ナックスと、ジャネルが同時に素っ頓狂な声を出した。きっと俺もそんな声、顔をしているのだろう。
それ程に不可思議な決着。
『先に仕掛けた』敵よりも、『後に動き出した』男の攻撃の方が速かった。
それも片方を攻撃して、尚もう一方に反応を許さないほどの速さ。
男の姿がブレた直後、両者の中間地点で、何かが弾け、轟音が響いた。そしてその場に残ったのは男一人で、敵は残骸と化していた。
胴から真っ二つの死体と、もう一つは右肩から斜め上にかけて“消え去っていた”。武器を見ると消し飛ばされたのは剣を持っていたほうだが、大した違いではないか。
「あんた……、何者だ」
男はこちらを一瞥して何も言わなかった。そして奥に進んで消えていく。姿が見えなくなると尻もちを付いてしまった。
「おい、ガラン。大丈夫か?」
「……ああ」
ルミルに手を貸して貰い立ち上がる。ラドネルの死体を見て、俯くが死んでしまったものはどうにもならない。帰りを思うとリスクにはなるが持ち帰ってやろう。そう思って亡骸をロープで縛っている時にナックスが零した。
「……なんなんだ、あの男」
「さあ、な。見たこと無い顔だったが」
ナックスの手は震えていた。
「ったく……、とんでもねえ。なあ気がついたか?」
「何がだ?」
「あの男、最後いなくなる前、『無傷』だったの」
「そう言えば……」
そこであることに気がついた。あの敵の『鎧』について。
「まさか――」
「可笑しいよな、信じられねえ。あの鎧が、『石』が、“反応するより速い”攻撃なんてな」
「はぁ?」
ジャネルがこちらの話を聞いて、咀嚼してやっと理解した。したと同時に苦笑いを浮かべた。
「何だよ、それ」
「俺が聞きてえよ、夢でも見てた見てえだ……」
そこでナックスが言った。
「あの奥、何か聞こえるな」
男が消えた方向、耳を澄ますと、激しく何かがぶつかる音が聞こえた。理由は一つしか無いだろう。
「はは、どうする?」
「夢じゃねえってんなら、確かめに行くか?」
既にこの四人誰一人、あの男が負ける姿など想像も出来なくなっていた。
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