黄金の毛皮

「ここは寒いな……」

「上はあんなに日が照ってるのにねぇ……」


 暗がりの谷底を歩いているのは5人の男女。全員がニアンの国民で、非正規の戦闘員。理が参加したのと同一の存在である。彼らは危険と思われる、その可能性がある生物を探して、そして狩るためにここにいる。


 ニアンはその領土の中で全てを完結できる様になっていて、食料から生産まで限られた土地を最大限に、地下も利用して国民を養っている。

 ただし物によっては、特に限りがある資源は時に外から調達しなくてはいけない。代表的なのが鉱物だ。ニアンはそこにいる種族が皆、鉱石の扱いに長けている為にそれを中心に作られている国である。国がある巨大クレーターの中、国の地下にも採掘場はあるが、そこには無い貴重な鉱物が外にある。

 そこまでの道を確保するのは兵隊の役割だが、時々何処からか脅威となる生物が紛れ込んでくる。その全てを狩ることは困難であるため、志願制で人を集めているのだ。

 狩人には、純粋にニアンを思っている者と、報奨金目当てで、自分の為に戦う者の二通りがある。中には戦闘狂の類もいるにはいるが、極稀にしかいない上に、リーバイルなどが未然に弾いているので近年はまず見ることがない。

 その二通りしかないタイプの、後者に当たる者。


 ガランという男、そして彼をリーダーにして成立しているチーム『黄金の毛皮』。そのチーム名が示す通り、報奨金を貰いつつ、倒した獣の皮や爪を売ることで生計を立てている。

 倒した生き物の扱いはニアンの側では特に規定がない。というのも、荷物を増やして命の危険を増やす者はそう多くない。つまり黄金の毛皮はそれなりの技量を持っている証左である。面子はナックス、ラドネル、女のメンバーはジャネルにルミルで5人。

 ガランとルミルはグル人、ナックスとジャネルは鉄鋼族でラドネルはルベルア人である。グル人の女は他から見ると、男と区別が付かない。当然、同種属の間では見分けられるが、説明を聞いても分かるものは少ない。話せば声で判別できるのだが。


 比較的若い集まりなのだが、腕は確かだ。だからこそ今彼らは普段の狩場から足を伸ばして、赤い土の谷を歩いている。深い谷で、見通しが悪いので多くに好まれない場所である。

 最近はいつもの狩場に標的が減っているから、リスクを承知で遠征したのだ。


「足元が少し緩いな……」


 ガランは大柄なグル人の中でも体格に恵まれている、武器は大斧だが時には素手で肉を千切りさえする。やや緑がかった色素の薄い肌の、頭部の皮膚は厚く、髪がないのでそこにアクセサリーとして、金属の紐を繋いで髪のようにして垂らしている。


「昔は川があったみたいだね、あの辺りの石の色が違う。……湿気っぽいと髪型が崩れちまうよ」


 ナックスは細身で弓矢を背負っている、顔立ちは整っている方だが、やや軽薄そうな表情を浮かべている。実際そういう態度も多いが、役割はしっかりと果たすので、信頼はされている。


「あんまり減らず口ばかり叩いてないでね、もっと緊張感だしなよ」


 ジャネルはこの中で最も気が強く、士気の面でチームを引っ張っている。若いが剣技は達人の域にあるとされ、ニアンでは一目置かれる存在だ。白い肌に映える長い黒髪は、片側だけ伸びていて、反対側は坊主に近いくらい短い。性格同様に目つきも鋭く、顔は美人の部類だが、近づく者は少なく仮に話しかけても無視されるか、最悪蹴り飛ばされる。


「……」


 重装して、戦鎚を担いでいるルミルは本来なら一番のお喋りなのだが、今回はほぼ無口だ。彼女は暗所が嫌いなのだ。

グル人だが、鉄鋼族の血が僅かに入っているのでやや顔立ちが女性的である。


「……少し静かにしろ」


 ラドネルは藍色の鱗状の皮膚で手足がスラッとしている。鋭利な爪を持つルベルア人は己の肉体を武器とするが、彼はそれに加えて武器の扱いも長けており、中でもナイフを使った戦闘が得意である。ルベルア人は感覚も長けているので今は神経を尖らせ、周囲を警戒している。


「しっかし妙に静かだな、上じゃああんなに鳥が騒いでんのに、ここは……」

「外れなんじゃあないか?ガラン。素直にいつもの場所に行ってたら良かったんだよ、ここ寒いし」

「軟弱なこと言ってるんじゃないよナックス、ったく、そんなんじゃ――」

「――静かに」


 ラドネルが短く忠告し、全員がそれに即座に反応して構えを取った。ナックスでさえ気の緩んだ態度は消え去り、鋭い目で周囲を伺う。

 ラドネルは一方向を指した、少し遠いが岩壁の間に亀裂がある。ハンドサインで危険の種類を教えるラドネル、意味は『危険地帯』。その中にも多くの種類があるが、もう一つの合図で生物の反応は無いと伝えた。そしてラドネル自らが向かい、動きが鈍い彼のフォローに器用さが売りのナックスが続く。残りは後の展開に備えて油断ならぬ準備を行う。

 息を殺し、音を立てずに中を覗く。奥に長く続いており、入り口からでは広さはまるで分からない。生き物の気配は近づいても感じられない。後のメンバーを手招きして相談する。


「どうする?リスクは高いと思うけれど」

「リスクは全員承知で来ているだろう、問題は中に何がいるかってことだが……」


 ガランの言葉に、皆がそれぞれを見る。しかし思い当たる節は無い。来たことがない場所の生物など分かるわけもない。だが入り口の狭さから、大きな生物がいる可能性は低い。よしんばいたとしても逃げること自体は出来るだろう。


「まあ、行くっきゃ無いわな」

「ルミルも良いね?」

「……ああ」


 腹をくくった様子のルミル。そして再びラドネルを先頭に進む。ラドネルは伏せた姿勢で、這うように動く。

 少し歩いて光が届かなくなる前に、全員が腰に下げている石を小突く、するとぼんやりと光だして、周囲一メートルほどを照らし出す。『太陽石』とも言われるこの石はニアンの周辺でよく取れる自然鉱石であり、衝撃を受けて明かりが灯り暫くすると消えるが、時間の経過で再び使えるようになる。多くの家庭にもよくある便利な一物だ。

 それを頼りに、壁伝いに奥へと入っていく。細く大柄なガランとラドネルはギリギリの幅であり、思いの外に長い道を進んでいると、ラドネルが手で後を制した。手で音を立てないように伝えると、ゆっくりと一人だけで前へと行く。

 一定距離を進むと後を呼び、また進んで同じことの繰り返し。三度それがあり、辿り着いたのはやや開けた空間と、『青白く光る石』だった。

 空間は五人が横に並んでも幾分余裕がある程度で、上は高くぶつかる心配は無さそうだ。しかし奥に成る程広がっているようで、再び警戒をし直す五人。だがその前に確認すべきことが一つ。


「この鉱石に見覚えがあるやつはいるか?」

「……昔、俺たち鉄鋼族の故郷に似た色の石があったとは聞いたことがあるけど、詳しくは知らない」


 ナックスが言う、今目の前にある青白い石は細長く、地面に突き刺さっている。綺麗だがしかし鉱石と共に生きている、そういう種族の勘が危険を伝える。それは奥にも点在しているが、まるで“誰かが並べた”様に道に続いている。道標のようでもあり、何かの介在を思わせる。


 ナックスが近づいてよく調べる、決して手は触れずに観察する。そして今ある中で最も小さい物をナイフの切っ先で突いた。

 キンッ、と甲高い音が鳴り青白い石は『花開いた』。

 針葉樹の如く石が別れ、斜め上に向かって棘のような部分を表した。先端は恐ろしく鋭利で、凶器には十分に見える。

 それ以上変化しないことを確認すると、その棘をナイフで触るが、逆に刃が欠けてしまいそうな程に硬い。


「凄え、こんなの初めて見るぜ……」

「ははは、こりゃあいい。間違いなく金になるよ」


 真っ先に勘定をしたのはジャネル。だが心は皆同じだ。


「けどもどうやって持って帰る?」


 ルミルの質問にはガランが答えた。


「残念だが、今回はこの一つだけ持って帰るだけにしておくべきだろう。情報量でたんまり貰うとしようぜ」

「そもそも目的は石じゃないしな」


 ナックスの言葉通り、あくまで目的は狩りである。思わぬ発見に盛り上がった空気を鎮めようと息を吐いた時、ラドネルが眼何かに気がつき囁くように叫んだ。


「奥に何かがいる!」

「「!」」


 見れば確かに、影が奥にある。それは“青白く光っている”。


「石のお化けかぁ?」

「どうする」

「追うぞ、だが慎重にな」


 曲がってはいるが分かれ道はないので迷わず進む。見失わないように、だが気取られないように追う。道中には光っている石が多く並び、中には人間大の物もある。それを尻目に走るが向こうはこちらに気がついていないようだ。


数は一つ、ガランが合図を出すとナックスが弓に矢を番え、同時にジャネルが剣を抜いて走り出した。

 ほぼ一瞬で放たれた二本の矢が、頭と胴に飛んだ。しかし背中のは弾かれ、頭部に突き刺さった。動揺して振り向いたそれの目前にはジャネルが迫っており、反応されるよりも先に喉に剣を突き刺した。

 概ね予定通りに仕留めた標的を確認する。光っていたのは全身で、あの石を加工した、簡易な鎧が体中を覆っている。背中のを弾いたのはこれに防がれた為で、ジャネルの剣は守りの甘い喉を仕留めている。


「なんだこいつ……、気味の悪い顔だなぁ」

「何か意味があるのだろうけれど」


「流石だな、二人共」


 追いついたガランが労う。そして全員で敵の死体を見るが、体は暗い青色でその顔は『空洞』だった。奈落を思わせる暗闇は顔の輪郭の数センチ内側、顔全体が穴になっている。体も全身が岩のようにゴツゴツしている。試しに変哲のない落ちていた長めの石を顔に差し込むが、変化はない。


「こんなのだったら十体はいても余裕だね」

「そうかも知れんが、油断はするなよ」


 そう言った時、死んだはずの敵が光りだした。光源は鎧だ。


「――離れろ!」


 後にいたルミルの一喝で散開した、その時に敵の鎧が弾け、先程見た石と同様に棘が露出した。ただし全身を覆っているのでハリネズミのようだ。

 そして問題は『音』だった。奥に進んで音の反響が良くなり、大きさも前よりあるのでかなり音が響いてしまった。

 そのせいだろうか、奥から向かってくる足音が聞こえた。恐らく今の者の仲間だろう。撤退も視野に、まずは迎え撃つ。

 しかし予想外の出来事、ガラン達の後ろから大きな音、あの石が弾ける音だった。ラドネルが見ると、壁にあった青白い石が割れ、そこに『道』が出現していた。


「――拙い!逃げるぞ!」


 ラドネルが叫ぶが既に遅い、中から続々とあの生物が現れた。数は8体、前からも同じ程の敵が迫ってくる。


「ちっ、数が多い!前は俺とジャネルが、後はルミルとラドネルが、ナックスは突破口を探せ!」

「おうよ!」

「任せな!」


 即座にガランが指示を出す、窮地ではあるがそれ自体には慣れている。


「おらああぁ!」


 ガランが手斧を片手に姿勢を低くして吶喊する。敵は手にあの石を加工した武器――といっても棍棒などの原始的な形状だが――。

 あの石の特性はもう分かっている、それに時間稼ぎが主だ。なので牽制に大ぶりに攻撃する。大柄な彼が暴れてみせるだけで敵は警戒する。その隙に注意の甘い個体をジャネルが襲う。

 個々の能力では上回っているようで、斧が当たった敵が大きく飛ばされた。しかし問題はあの武器と鎧だ。何故か奴らが触れても鎧は弾けない、そういう術だろうか。だがこちらが触ればたちまち凶器と化す。リーチの長い大斧なので自分の腕に刺さることは避けられるが、ジャネルやラドネルはそうもいかない。


「ナックス、『あの矢』を使えるか!?」

「こんなところで射ったら俺たちごとお陀仏だ!」


 冷や汗がガランの頬を伝う。


「死ぬ気でやるしかない、そういうことかよ……!」


 それにジャネルが返す。


「元からそのつもりで来てるんでしょ、なら問題ないさ」

「ジャネルの言うとおり、なんてこと無いさ」


 ナックスが軽口を叩く。後の二人も同じように声を出した。それを聞いてガランの顔が僅かに綻んだ。


「ようし、決まりだ馬鹿ども!逃げるなんて言わねえ、蹴散らして堂々と帰るぞ!」

「「おおぉ!」」


 


それから死闘が繰り広げられた。全員が敵の武器に警戒をしながらも僅かな隙を狙って攻撃する。体中に刺し傷、切り傷を作りながらも戦い続ける5人。やがて敵の数は減り、残りは一体となった。


「……終わりだ」


 武器を失い、両腕から血を流しているラドネルが力を振り絞り、最後の一体をそこらにあった只の石で殴りつける。向こうの鎧も反応して石は砕けるが、腹部が大きく凹まされた敵は動かなくなった。


「はあ、はあ……。ははは、どうだ……。やってやったぞ」

「あー、死ぬかと思った。……ったく、イケメンが台無しだ」


 ナックスは武器の都合で最も被害が少ないが、それでも片腕から流血し、額も切れている。


「はっ、寧ろその方が締まって良いじゃないか」

「戦闘狂と一緒にしないでくれよな……」


 ジャネルはこの中で出血が特に酷いが、それでも顔は笑顔である。


「早く出ようよ、こんなとこ!」

「ルミル、やっとまともに話すようになったか。……まあ、そう怒るな」


「当たり前だよ!こんな暗いとこで、こんな目にあったら誰だってね!」

「まあ、帰りたいってのは同意見だ。じゃあさっさと――」


 全員が振り返る。奥から現れたのはまた同じ敵――、ではない。


「こいつ……、親玉か?」

「そうかもね。でかいし、何より……」


 ルミルが言いかけた事、敵の装備。背丈は今までの、こちらと同程度の大きさよりも倍近く大きく。そして重鎧と、背丈の半分ほどの大きな『剣』を持っていた。

 見事な造りで、間違いなくあの石を使っているのだが、どう見ても切れ味がありそうだ。事実、現れた時に試しにとでも横にあった岩を横薙ぎで容易く斬ってみせた。

 ガランは直感した、『勝てない』と。全身から冷たい汗が吹き出した。それでもなんとか声を絞り出す。


「逃げるぞ!今度こそ――」

「あ」


 振り返った所に、もう一体。今度は槍を持った個体がいた。その槍もまた震え上がるほど鋭利な穂先で、それは揺るがずにこちらを指し示している。


「ははは、勘弁してくれよ」


 ナックスの声は諦めが篭っていた。それは皆が思っていることだが、認める訳にはいかない。

 するとラドネルが叫んだ。


「……俺が時間を稼ぐ!」


 そう言い残し後の、来た道を塞ぐ槍を持つ個体に向かっていく。

 その意を汲んだ4人は直ぐに脇を抜けて走ろうとした。しかし――。


「……うおおおぁぁ!――、あ?」


 ラドネルの首が宙を舞った、それは『剣』によって。


「な……、そんな……」


 ジャネルが尻もちを付いた。何故ならたった今、横切ったはずの敵の槍が目の前に突きつけられているのだから。


「速すぎだろうがよ……」


 ルミルの言葉通り、敵の動きが見えた者は一人もいない。後にいた筈の者も、横切った筈の個体も、気がついた時には場所が変わり、ラドネルはあっさりと殺された。力の差が有りすぎる、知っていた、分かっていた。この世界は“こういう場所”なのだと、だのに己の力を見誤った。そのツケだ、皆が死を覚悟した時、遠くから歩く音がした。

 また敵が増えるのか、そう思ったガランだが、どうにも敵もそちらを警戒しているようにも見える。やがて現れたのは、一人の黒髪を後ろで縛った男だった。


「おお、やっとそれっぽいのがいたよ」

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