不合格

『――はっ』


 目が覚めて周りを見渡す。眠った時にはなかった筈の肌掛けが体の上にある。誰かが、多分ロッサンの部下の人が持って来てくれたのだろう。そして部屋が温かい。来た時にはやや涼しげだったのだが、今は過ごしやすい気温。

 寒さには耐性があるので問題はないのだが、これはどういうことだろうかと立ち上がって部屋を見回る。すると四角い枠に透明の板がはまっていた。取っ手があるので引くと外が見えた。薄ぼんやりとしている、一晩眠りこけていたようだ。その見慣れぬ場所から、見慣れた朝焼けを眺めながら呟く。


『凄い』


 このニアンは自分の村より遥かに高い技術が存在している様だ。その事に傷つくほど安いプライドはないが、仮にこの国に我が村が攻め込まれたなら凌ぎ切れるだろうか。それが一番の気がかりである。

 横の部屋を見に行ったら理はいなかったが、下に降りると姿を見つけられた。朝食をとっていたらしい。


「おう。やっと起きたか」

『おはよう御座います……』


 朝日を受けて眼を細める。まだ眠気が覚めきっていないようだ。眼を擦ると理と、もう一人がいることに気がついた。

 昨日見た、ここに案内してくれた人と同じ服を着た人。その人とは種族が違うのだろう、腕が異常に太い。顔も厳ついのだが、表情は明らかに優れない。怯えたようにも見える顔で理を見て、自分をちらりと見た。


「おい、あいつに言ってくれよ。どっか行けって」

『何であの人はここに?』


「掃除に来た男だ」

『ああ、彼が……』


 尋ねていると渦中の人物が向こうから近づいてきた。ジャルダと名乗った男は信じられないことを話しだした。


「理様が約束を違えたのです」

『え゛』

「腹が減ったんだ、仕方がないだろう」


「こちらで用意したのですが……」

「少なすぎるんだよ」

『あー……。成る程』


 確かにこの男が満足するだけの食料、肉なり果物なりを準備するのは大変だろう。そして私が寝たのもあるが、向こうは把握していなかったのだろう。

 そして勝手にここを出ていったと。

 よく見ればジャルダの目の下には隈がある、もしや一晩中監視していたのだろうか、可哀想に。


『理さんが悪いです』

「そうか?」


『そうですよ。頼めば良かったじゃないですか』

「渋りやがったからよ」


『子供じゃないのですから……』

「俺は子供より欲望に素直だ」


 まさか自覚があったとは。尚更、質が悪いではないか。


「もう少ししたら件の、外に出ての警邏について案内ができますので。もう暫しお待ちを」

「もう食い終わるんだがなぁ……。お前俺と遊んでみないか?」


「――任務がありますので。メーディ様、後はお願い致します」

『えっ』


「では――」

『ええ!?ちょっと……!』


 私はこの人のお守りでは無いのですけれど……!

 足早に去っていく。昨日も見た光景である。


「大変だなお前も」

『貴方が言うのですか……』


「勝手に心配するからだろ」

『普通すると思いますよ。貴方は怪物みたいなものですから……』


 そう表現されて成る程なと頷く理。どうやら失念していたらしい。気にすることはこれからも無いではあろうが。


「これ食うか?」

『いえ、いらないです。水はどこにあるか分かりますか』


「あっちに井戸がある」

『どうも。……因みにそれは何の肉なので?』


「――知らん」

『そうですか』


 知らないものをよく食べられるなと、今日もその図太さに感心するのであった。

 言われた方に移動すると確かに見慣れた形の井戸があった。しかし例によって見事な造りで、剛健な石で形作られている。

 だが井戸は井戸。いつも通りに桶を投げ込み、水を掬って引き上げる。しかし随分と軽い。疑問に思いつつ手元まで引き寄せたが、水はちゃんと入っている。はて、と紐を辿って眼を運ぶと、上に円盤状の物がありそこに糸が掛かっている。そこを見ながら糸を引いてみると合わせて回転する。

 成る程、これは便利である。また一つ、外の世界に驚かされた。それも望んでいたものに近い、知識を深めてくれる出来事であった。




「滑車だろ?普通だろ」

『へぁ』


 どうせ知らないだろうと、理に教えてみれば、さも当たり前の様に言葉が返ってくる。カッシャという物は知らないが、その顔を見れば嘯いている様子ではない。

 気にはなっていた、まさかとは思ってもいたのだが、この男は私よりも『詳しい』。この世界にではなく、『この国』に。


『来たことがあるのですか?ここに』

「そうだとしたらこんなことになってないだろ」


 それはそうだ。では何故?尋ねれば返事は簡潔だった。


「似てるんだ、俺の知っている世界に。それだけだ」

『では貴方のいた場所はここから近いのですか?』


「そんな訳ない。ただ、近いのかもな。俺の世界に、文化が。もしかしたら『よく似た世界』から来たのかもな」


 言っていることが分からない。時々この人は自分と違う所を見ている。基本的にそうなのだが、そうではなく、妙な所で『事情』を知っているような……。


『あの――』

「お、来たみたいだな」


 話は遮られてしまった、どうやら待ち人が来てしまったようだ。昨日の案内人、セールだ。昨日と変わらず、綺麗に衣服を繕っているが、少し痩せたようにも見える。ストレスだろうか。


「よう」

「――ロッサン様からお伺いしております、外部遊撃隊へ参加されたいのだとか」


「その方が良いらしいからなぁ」

「ではこちらへ、簡単な『検査』があります」


『検査とは?』

「殆どいないのですが、外への危険をよく知らずに報奨金目当てで参加したがる者がいるので、一応能力を計ることにしているのです。まあ、装備が整っているのであればまず何も言われませんが――」


 セールがちらりと理を見る。話は聞いているだろうが、手ぶらの様子に不安を抱いているようだ。大丈夫、彼は大変危険です。


「まあいい、行こうか。……そう言えばお前はどうするんだ?」


 理が訪ねてきたが、どうせ内側で待っていても街を見には行けないのであろう。


『付いていきます』






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






「駄目だ」

『ええー……』


 検査を受けたメーディが言い渡された言葉。戦闘力を証明できず、かつ装備も無いとあっては当然とも言える。貸出など行ってはいない、命を守る道具を自前で用意できぬのならば資格なし、ということだ。こと身を守るという点では、この国で彼女に伍する者などそうはいないのだが、狩りには不適だろう。


「次はお前か、何々……、名前はコトワリ。んでお前の武器は?」


 検査の担当はリーバイル。グル族の彼は歴戦の戦士であり、戦線を離れた今はこうして旅立つ者達を見極める仕事をしている。やや古風な、精神性や自身の『勘』を頼りにする彼は、言葉使いも乱暴であれば、他と比べ検査も厳しい。

 セールはそれに内心で動揺していた。本当であればもっと普通の者が担当する筈だったのに、話を聞いたリーバイルが名乗り出たのだ。現場の信頼は厚く、反対は通らなかった。ロッサンの勅命も間に合わず、今こうして睨みつけるように理と対峙している。


「素手だ、あれば剣でも槍でも使うが、今は持っていない」

「んだと……」


 厚ぼったい皮膚の腕でペンを握り、理を睨む。理よりも少し背が低いため、見上げる形だが、だんだん近づいていく。

 慌ててセールが口を挟む。


「リーバイルさん!合格ですか?!合格ですよね!」

「黙ってろ糞ガキ、合格だあ?……いんや、不合格だ」


「何故!?」

「こいつは駄目だ……、確かに強い、強さは合格点だ、だがこいつは野に放っちゃあいけねえ、間違いなく味方を危険に晒す」


「そんな――」

「いい勘してるな、トカゲ爺。当たりだ」

「なに?」


 リーバイルの顔が更に険しくなる。グル族は怒ると瞳孔が縮まり、白目が黄色に染まる。まだそこまでは至っていないが、瞳孔は縮みだしている。

 セールの顔は逆に青くなる。


「けど行かせて貰うぞ、他の奴なんざ知ったことじゃない」

「若え奴は全員そうだ、自分の事しか考えねえ。いつか後悔するぞ」


 去りゆく理に投げかけた言葉、リーバイル自身の経験を伴った言葉ではあるが、理には響かない。


「――それだけはしないよ、絶対な」


 そう言って奥に、門の方へと歩いていく。

 それを見ながら、セールがリーバイルに尋ねる。


「良いのですか……?」

「何だよ、あいつに出ていって欲しかったんじゃねえのかよ」


「それは……、いえ……」

「顔に出やすい奴だな、じゃあ誰があいつを止めるんだ?」


「え?」

「これを見ろよ」


 リーバイルが差し出したのは自らの腕、小刻みに震えている。恐怖によるものだと、セールに言う。


「俺ぁな、この国のためになら命を投げ捨てる覚悟は出来ている、どんな化物にだって挑んで見せらぁ。体は衰えたが、気持ちだけなら誰にだって負けねえ。だからせめてここで、俺の役割を果すんだ。……だがな、あいつは駄目だ、あいつは別だ」

「別とは……?」


「俺は色んな化物を見てきた、山見てえにでっけえ獣だの、気味の悪い虫だの。だがあれは化物だとか、強いとかいう話じゃねえ、次元が違う。あれの気分一つで『世界が滅ぶ』」

「そんな、ば――」


「馬鹿なと思うか?思いたいよな、俺だってそうだ、確かにあいつはここの戦士としちゃあ不合格もいいとこだ、あれは『戦士』じゃねえ。だがあいつは俺なんかじゃあ縛れっこねえ、俺は疎か、この国の誰一人無理だろうよ、もしかしたら――」


 その先をリーバイルは言わなかった、言えなかった。けれどセールには分かった。


『カガールにも出来ないのではないか』と――。


 リーバイルは知っている、カガールの強さを、その身を以て体感している。その彼が放つ言葉、その重さをセールは理解した。

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