仮宿

 話の通り、理は一時的な滞在施設へと案内された。先導するのはロッサンの部下で、セールという痩せぎすの若者であり、ロッサン同様に、人に似た作りの顔。肌は色白く、整った、聡明そうなそれに丸眼鏡を掛けていて、髪は金色で丁寧に撫で付けてある。着いて最初に思った感想は『汚い』だった。

 ロッサンの職場の建物もそうだったが、ここの家屋は石で出来ている。ただ石なのは間違いないのだが、造りはかなりしっかりしている上に『継ぎ目』が見当たらない。

 そういった部分とは別に、雑草が生い茂り人影も見えないのでまさにゴーストタウンといった様相だ。

 セールも申し訳無さそうな顔をしている。


「済みません。最近は人が出入りしておりませんでしたので、手入れをしていなくて……。今人を呼んでいますので少しお待ち頂ければ……」


 セールはロッサンからきつく言いつけられており、かなり緊張した面持ちだ。恐る恐る理の顔を伺った。

 だがセールが思う以上に、いや理の表情は何一つ変わっていなかった。


「別に構わんよ。屋根があるだけ幾らもマシだ」

『私はこの方が良いです』


 雑草がある。つまり緑が多めなのはメーディにとって高評価だ。


「そう……、ですか。……ですが部屋の掃除は後ほど人を寄越しますので」

「そうかい」

『有難うございます』


 頭を下げながら態度の悪い、理の腕を抓るメーディ。

 アパートのような建物は二階建てで、下は大広間になっており上に個室が幾つかある。二人は個室へ通された。


「別々にしますか?それとも――」

『別々で!』


 眼を丸くしたセール。メーディにとっては大事なことである。主に心の安らぎのために。理はどうぞという風に手を広げてみせた。

 個室は簡素で、机と椅子、横にベッドがあるのみでこれも全て石で出来ている。言うとおり、どれも埃を被っている。


「それでは失礼します。外での活動の件に関しては、明日にでも――」

「はいはい」


 話の途中で手を振って答えると、セールはそそくさと出ていった。


「お役所仕事って感じだな」

『……オヤクショ?』


「なんでもないさ、……にしても」


 理は机の上を手でなぞる。指に埃が付くが、気になるのはそこではない。


「やたらに出来が良いな」

『そうなのですか?』


 最初に街に入ったとき、兵士の武装を見て、ロッサンのいる建物に入るまで、理はこの街を中世程度の文明度だと思っていた。

 しかし今は上方修正している。この机もその理由の一つだ。


「引き出しに、椅子にはキャスターか?んでこれは電灯か、どうやってつけるんだ。スイッチはないが……」


 地球でよく見た卓上ライトの様な物が机の上にあり、蛍光灯の代わりに鉱物が挟まっている。それを軽く小突いてみると、明かりが付いた。


「おお、成る程。これも『石』なのな……」

『凄い、明かりがこんなに簡単に……』


 片や見慣れた物が異世界にもあることに、もう一方は高度な文明に声を出した。

 だが明かりは明滅して消えてしまった。


「ん、電池……。エネルギー切れかな」

『もう付かないのですか』


 コンコンと興味深げに叩いてみているメーディ。しかし一向に付く気配はない。


「後で来る奴に聞いてみれば良いだろ、俺は少し寝る」

『あ、はい。お休みなさい』


 あっという間に寝付いた理を残し、メーディは自分の部屋へと向かっていった。




『ふうー……』


 深く息を吐いたメーディ。初めての旅、旅というものがどういうものかも分からずにここまでやって来た。ニアンというこの場所で、初めてあの男以外の外の人間に出会った。そして気がついた。

 あの男はやはりおかしい。実は外の人間は皆があのような者なのではないかと恐々としていたが、そんな事は無かった。あのロッサンという人も、理の振る舞いには終始狼狽えさせられていた。

 今離れて落ち着くと、腰が抜けそうになる。それだけの旅路と体験の数々。恐ろしいのはそれが僅かな時間の間での出来事だということ。これからもあの男についていくと思うと、気が滅入るばかりか命が危ういのを再認識させられる。だがあれがいなくてはここまで来られなかったのは間違いがない。

 強くなろう。そう心に決めた。体も精神も、鍛えていかなければあの男の横にいては踏み潰されてしまう。

 疲労が蓄積していたため、そのまま眠りに落ちる。この家を見て回りたい気持ちはあるが眠気には勝てなかった。

 やがて蕩々と穏やかな眠りについた、その顔は村の中でも見せたことがない程に安らかで、ここ数日の重さを物語っていた。

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