招かれざる客人

 ロッサンが大隊二つを引き連れて第ニ門を潜り抜けた時、一門と二門の間で駐留している警備兵が男を囲んでいた。ひと目でそれが一触即発の状況だと察したロッサンは足早に駆け寄った。


「両者共、落ち着かれよ!」

「なんだ、またぞろ大勢連れて来やがって」

「ロッサン殿」


「アデール、状況を」

「はい、それが――」


 さっきも見た光景。理も待ち惚けに辟易し始めたが、ロッサンは直ぐに向き直り話を振ってきた。


「済まない、お待たせして。私はロッサン。理殿は強者をお探しということだが、それは今すぐに暴れたいという訳では無いのですか」

「必要と有らばするが、無いならしない」


 それを聞いてロッサンの目が僅かに細くなる。理は気が付いているのか、いないのか。何も言わない。


「良いでしょう、入国を認めます」

「ロッサン殿!」


 アデールが信じられないとばかりに噛み付いた。ロッサンはそれを眼で制して話し続ける。


「理殿は並ならぬ強者であるようだ。ここで戦えばどれだけの被害が出るか分からない」

「それは……、そうですが」


 メーディは二人に向けて頭をブンブンと振っている。この中で理の脅威を一番知っているのは彼女だ。

 この様子を見てアデールは前から、ロッサンは今メーディの立場を察して、僅かばかり同情の念を抱いた。


「しかし我々もこの街を守る義務がある。どうか暫し時間を貰えぬか」

「えー」

『理さん、理さん』


 メーディがくいくいと腕を引く。


「なによ」

『さっきそれは良いと言いましたよね?ね?二言で誇りが傷つきませんか』


「言った、様な……」

『言いました、聞きました。ですよね、アデール様?!』

「う、うむ……。確かに聞いたぞ」


 アデールもメーディの必死振りに同調する。


「そうかぁ。じゃあ仕方ない。言ったことを反故にするのは主義に反するな」

『――ですって!さあ、行きましょう。グズグズしないで!』

「は、はい!」


 メーディの剣幕に押された二人は言われるがままに中へと案内していった。

 通された建物に入るまで、三つの門を潜った。それら全てが驚くほど分厚く、堅牢に見えた。理の「壊すのに手間が掛かりそうだ」と言う発言からも読み取れる。

 その後はロッサンが人目を嫌い、兵が使う通路を辿って進んだ。

 結局目的の建物に着くまでに街を見られなかったことで理がぼやき、総勢で執り成すと言った一幕もあった。

 入った建物はロッサンが業務を行う為の場所であり、通された部屋は招いた客を饗す所だという。理らが座るソファも凝った装飾の石造りに触り心地の良い毛皮が敷かれていた。

 これにはメーディが難色を示した。食用に飽き足らず、調度品に使うため獣を狩るという事が理解できなかったらしい。

 それはそうと、居直り改まったロッサンが話しだした。アデールは警護の任に戻っている。部屋には理とメーディ、ロッサンと近衛のフォグナの四名だけだ。


「それでは先ずはニアンにようこそ。この国で初めての客よ」

「それは光栄だ、今まで随分と呑気に暮らしていたようで」

『わお』


 世辞を言わないどころか、思ったことを口に出し詫びる気配すらない傍若無人ぶりを見て、メーディは心の中の理ノートを更新した。『会話は困難』と。


「……厳しい評価だ。これでにも幾多の脅威を越えてきたのだがね」

「そうだな、あの弓は中々の威力だ」


「うん。あれこそ我が国が誇る防衛の要である」

「造ったのは誰だ?」


 無駄を省いた会話は、聞きたいことのみを求める理らしさと言える。


「誰が、と言うのは難しい。我々が協力して造ったのだ」

「ふうん」


 途端にテンションが下がる理。やはり個人に強者はいないのであろうか。


「……ただ、それの最も重要な、『威力』を生み出したのはある人のお蔭ではあります」

「それは?」


「カガールという方で、貴方が思う強者に値するでしょう」

「ほう」


 今度は前のめりになって興味を示す。まさに子供のような単純さだ。理は馬鹿ではないが、細かいことを考える質では無い。強すぎるが故に、それを養う機会が無かった。弊害とも言えるそれは本人に自覚がない『欠点』であろう。


「――ですが、今あの方と戦うのは難しいでしょう」

「何故だ?


「詳細は明かせませんが、戦える状態ではありません」

「病気か」


 ロッサンが僅かに、顔には出ていないが『気』に変化を表した。だがこの二人、そういう機微に聡いメーディは素より、理はひょっとすれば彼女よりもこういった気配には敏感である。興味があればの話ではあるが。

 なので今は気がついた、そして見抜かれたことをロッサンも察した。理の言葉は、ロッサンの心の真を突くような鋭さと、強さがあった。しかし間違っても言葉で認める訳にはいかない。

 それを理解している理は面倒を押し通すために提案を出す。


「少し滞在していたいな、泊まる場所はあるか?」

「余人が入れる家屋ですか……。残念ながらここニアンは外部から、特に一時的な滞在客は想定しておりませんので、そういった物がありません」


「まあ、野宿でも構わんが」

『なんとか泊まれる場所は用意して頂けないのですか!』


 物品の強奪をする理が目に浮かんだメーディが話を進めた。実際、その予感は当たっている。


「稀に、なにがしかの脅威に追われた民がここに逃げ込んで来ることがあるのですが。そういった者は最初に外側にある地区に仮住まいを設けて、滞在して貰う。そして危険無しと判断されれば正式にニアンの者として受け入れられるのです」

「俺らはそれになると?」


「はい。ですがもしも仮に、カガール様と謁見する事があるならば、その正式な国民にならねばいけません」

「面倒な、時間が掛かるのか?」


「そうなのです。ですがそれでは貴方が納得出来ないでしょう、なので提案があります」

「……」


 話の続きを促すように、理が軽く頷く。


「軍とは別に、遊撃として周囲の脅威を排除する存在があります。それには簡易な手続きで許可が下ります。そこで成果を上げることで認可が早まることがあります」

「良いな、じゃあ――」

『あのう……。質問を宜しいですか?』


 メーディが手を挙げた。


「どうしました?」

『そのカガール様に戦いを挑むと、この人は言っているのですが、良いのですか?』


 ロッサンの返答は早かった。


「構いませんよ。戦ったとして、勝つのはカガール様ですから」

「へえ……」


 その時ニアンに来てから――、海食いと戦って以来の、理が“笑み”を浮かべた。


「――楽しみだ」

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