クレーター

 空に明かりが灯ると直ちに移動を再開した。そうして初めてこの場所の作りを理解した。


『あっ、危ない……』

「転んでんなよ、素敵なお顔が傷つくぞ」


『転んでいません!』

「なら良し。遅れるなよ」


 この荒野は起伏に富んだ地形だった。しかしそれは山々の様な大げさなものでは無い。目に見える程度の傾斜、円形にポッカリと凹んだ大地が続く。それはクレーターによく似ている。

 それと関係があるのか、無いのか。あの蝗地味た巨大な群れを見て以来、生き物をあまり見ない。いるのは殆どが小動物、大型のものは疎らで群れているのはまだ見ていない。空を見れば多少は鳥類を見るがそれも通ってきた道中に比べれば遥かに少ない。

 鳥は恐らく後。地上の生物が減ったためにここから去ったように思える。それだけここには生き物の気配がない。


『不思議です』

「何が?」


『この大地は『死んでいない』。であれば生き物は居着く筈です、なのにまるでいない』

「確かにこの様子は何か違和感、原因があるかも知れないな」


 幾つかの窪みを通り過ぎた中でふと、今通過しようとしている所。今までの中で一番大きな窪みの中心部を見た。

 その時、キラリと光った物が見えた。

 窪みの端を歩いていたのだが、斜面を滑るように降りていく。やがて中央に辿り着いて見つけた物。それは『矢』であった。


「なんじゃこりゃ」

『矢、ですか?それもこれは、石ですか』


 どう見ても金属なのだが、そういえばあの村では鉄も見なかった。恐ろしく丈夫な木材はそれに匹敵する程ではあったが。


「石じゃない、もっと頑丈な素材。にしても矢、ねえ。随分と場違いな代物だこと」

『人影も見ませんでしたが』


「そんでもう一つ、気が付いたか?この窪み、出来てまだ新しい」

『そう……、なのですか』


 森しか知らないのだから仕方がないか。


「ああ。土が他と比べて柔らかい、抉られて間もないんだろう」

『成る程、そう言われれば確かに』


「つまり――」

『……どうしました?』


 しゃがみ込んでいたのだが立ち上がって空を見る。メーディには分からないだろうが、確かに聞こえた。『風切り音』が。

 即座に走り出し、坂を駆け上がって辺りを見渡す。すると遠くの空に何かが見える、そこには一筋の軌跡が見て取れた。


「あれだ!」

『――どれですか、……はあ、ふう』


 息を切らせるほど急いで走ってきたメーディも同じ方を見る。


『何も見えませんが――。……あ』


 超人的な視力の理にしか見えなかった矢の軌跡だが。今度はメーディにも見えた、『聞こえた』。大地が吹き飛び、土埃が舞い上がる様子。その轟音。


「そうか、生き物がいない訳だ」

『どこから、どうしてあんな小さな矢があれ程の威力を……!』


 その後も同様の光景が繰り広げられ、それを以て行き先が定まった。


「あっちだ、あっちから矢が飛んできたんだ」

『……ややズレているようにも思えますけれども』


「少しスライドしながら飛んでいる、狙ったものかは分からんが。距離もあるし風で流されたのかも知れないな」

『そうですか、ではそこに行きましょう』


「うっかりあれに当たらないようにしないとな。お前は疎か、俺もそこそこ痛そうだ」

『……痛いで済むのですね』


 立ち話もそこそこに、漸く進むべき方向が決まったことに安堵する。浮浪は構わないが一応目的地があって歩いているのだ、辿り着けないのは流石に困る。

 矢だとなればまず間違いなく人の手が関わっているだろう。その威力は異常極まりないが。しかしだからこそ行く価値があるというものか。

 警戒しながら歩いてはいたが、幸運にも近くに降り注ぐことはなかった。標的が決まっているのか、或いは不規則なのか。ともあれ一日に降り注ぐ数は限りがあるだろう。無ければ随分とおっかない場所である。

 そうしながら危険が無い行程を経て、それらしい物が見えてきた。


「ほーう。まるで天然の要塞だな」

『大きい……』


 反り立った壁。巨大な岩山、その向こうから矢が飛ぶのが確認できた。矢が描く放物線からはこの先。岩山の内側に目的の集落があるようだ。


「登るか」

『……登れますか?これ』


「出来るさ」

『私は……、そうですね頑張ります』


 助けを請わないあたりは同行者として合格だ。こっちが助けるならまだしも、求めるだけの相手とは付き合っていられない。連れ歩くだけの価値がある娘だ、いよいよ危うくなったら拾ってやろう。

 反っているので登ると言っても崩れ無さそうな場所を握力で掴み、腕力で登っていく。メーディは蔦で上手く岩肌に絡んで登っていく。その様子はまるで――。


「蜘蛛みたいだな」

『止めて下さい、自分でもちょっとそうかなと思っているので……』


 減らず口が出るのだから余裕がありそうだ。あれにとっては幸いと言えよう、害するような生物はいない。

 そうこうして岩山の“縁”に手をかけ、這い上がった。そこから見る景色はまさに荘厳と言えよう。


「でっけえ」

『これが、外の世界……』


 メーディが驚くのも無理はない、登りきった岩山は規格外の『クレーター』であった。谷ではない、地面は剥き出しで明らかに抉られたような後も見える。そして目的の集落はその内側。クレーターの底に居並ぶ建築物の数々。あの海食いが数匹は入りそうな、俺の知る街が複数収まるのではという巨大さ。

 それは『国』だった。メーディのいた村とは比べようもない、そこには建物があり畑があり、その中であらゆる営みが完結しているように見えた。建物は近代的とまではいかないが、造りのしっかりした物に見えるから、中の人間達はある程度高度の文明を繰るのだろう。


「しかしまあ、『入り口』はどこだろうかね」

『……用意されていないのでは』


「そうかも」


 窪みの内側、街の外側を囲って堅牢な防壁がある。それは天高く、街の数倍は高さがある。それは来るものを拒む、そういった姿勢が現れていた。

 しかしよく観察すると一点、気になる場所があった。


「……あそこ、筋みたいになっている所があるな」

『どこ……、ああ街の右側。あれが何か』


「こっからだと分かりにくいが、舗装されているように……。行ってみたほうが早いか」

『それもそうですが、傾斜が凄いですね』


 三十度以上ありそうな坂道、箇所によっては垂直にすら見える。


「お前を掴んで飛び降りても良いが?」

『……前もって言って頂き有難うございます。――絶対に嫌です』


 高さ数百メートルの滑空。先のスカイダイビングより相当にマシなのだが。それでも嫌と来た。


「じゃあどうやって降りる?」

『素直にゆっくり、斜面に沿って降りれば……』


「それだと遅い。それに内側にも防衛機構があったらどうする」

『では――』

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