外敵襲来

 ナッシュ・グレナードは『門番』である。

 浅黒の肌の大柄な彼はこの任について長い。しかしこれは然程要職では無い。――近年にそうで無くなったのだ。これは歓迎すべきことである。この『ニアン』の平和を考えれば。

 手に持っているのは弓、背中には当然、矢筒。しかしこれは『加護』を受けていない、やや丈夫な武器。以前はそれが普通だったのだが、今となっては心許ない装備。しかしあれを使ってはこの道を崩落させかねない。

 使用回数は減ったが、それでも唯一外へと通じるここは必要な場所だ。だからナッシュはこの仕事に誇りを持っている。

 横には同僚三名がいる。随分人数も減った、前はこの数倍は居たというのに。これには少々思うところもある、流石に不用心では無いかと。しかし素気無く却下されてしまった。

 今の警備主任は金に汚いところがある、削れるなら削る。実際“あの”防衛装置が出来て以来ここの襲撃など起きてはいないのだから反論も難しい。

 だが装備には手を抜かない。人数が減ったことで防具の質は上がった。全身を覆うガルゴの革でできたスーツはちょっとやそっとでは傷つくことはない。最近出回り始めた物で評判もいい。

 『遠征隊』に優先して送られているが、交渉の甲斐があって工面して貰った。これぐらいは強請っても罰は当たらないだろう。


「おい、ボウッとしてんなよナッシュ」

「……そんなことはない」


 カイルは同期の男、白い肌に生やした長い顎髭が自慢らしい。顔と腕っ節が俺より少しだけ良いからと何かと高慢に話すが、仕事はきっちり熟すしよく人となりを知れば気のいい奴だ。


「なあ、噂は本当だと思うか?」

「知らん。仮にそうだとして俺達の仕事は変わらん」


 カイルは口数の多い男でもある。隙を見てはこうして雑談に興じている。ナッシュは昔にはそれを叱咤することも多かったが、最近すっかり相手してしまっている。


「もしかしたら出番が増えるかも知れんぞ」

「縁起でもないことを言わんでくれ、それにあの人が簡単に負ける筈がなかろう。噂に尾ひれが付いたのさ」


「……そうかね、外はおっそろしいって聞くからな。案外――、どうした?」


 口をあんぐりと開けているナッシュ、その視線を追ってカイルが目をやる。

 そこには二人、男と少女が立っていた。


「な、なんだお前ら!一体どこから……、いつの間に!」


 二人共会話こそしていたが別に仕事の手を抜いていた訳ではない、事実装備の点検は怠っていないし前方の確認もこまめにしていた。カイルも今僅かにナッシュの方を見ただけで、その直前まで前を見ていた。

 そもそも一直線の通路で、何かを見落とす筈もない。

 では何故、そんなことが起きているのか。

 動揺しながらも武器を構え、カイルが連絡をする。長年のキャリアが生きている。若手ではこうもいかないだろう。ナッシュは少しだけ自信を持って、未知の存在に相対する。


 未知の存在。そう、今ここに外から人が来る筈はない。そんなことは聞いていないし、どう見てもこの二人は遠征隊の面子ではない。何より装備が違う。

 外から人間が来たというのは今までに起こったことがない、話に聞いたことすら無い。ではどうするか、他の危険生物と同じように対処すべきか、それとも同じ姿形の生物として対応すべきか。

 悩む選択肢ではあるが、ナッシュ前者を放棄すべきだと考えていた。

 長年の勘。あらゆる生き物を見てきた事で培った感覚が、眼の前の二人。特に右の男を警戒させている。それも尋常ではない、嘗て無いほどに緊張している自分がいる事に気がついてはいるがなんとか押し殺す。一瞬横目に見たカイルも、似たような顔をしていた。

 カイルが合図を出した事で応援が間もなく来る、それまでに最初の行動を決めなくては。

 決心を付けたナッシュが言葉を紡ぐ前に、危険な雰囲気を纏わせた男が口を開いた。

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