穏和な会合

 小綺麗な部屋には円卓が置かれている。

 そこには6人の男女が椅子に腰掛けて向かい合っていた。全員が脇に人――武装した者――を立たせている事から、ある程度の権力者であることを伺わせる。

 その中の、壮年の男が口を開いた。


「――さて、こんな後ろ暗い会合はそろそろ終わりにしたいものだが」


 男はロッサン。この国、ニアンの一地区の代表である。体躯の良い体を、仕立ての良い落ち着いた色合いの衣服を身に纏い、それに似つかわしい威厳を漂わせる男。口と顎に蓄えた白髭は綺麗に整えられており、皺が目立つ顔の印象を強くさせる。


「そうは言うがロッサン殿。この問題を解決せねば、先々に禍根を残すこととなるだろう。それはこのニアンの地盤を揺るがしかねない」


 この中では最年少の、それでも中年に差し掛かっているリュダンが話す。


「……だからこうして密に顔を合わせているのだ、私も重々承知だよ」

「なれば挨拶もそこそこに、話を始めようじゃあないか」


 バレッタという女性は気が強く、やや短気な性格でありこうした静かな会合は苦手で、出来るだけ早く終わらせたいのだ。

 会話を促されたのでロッサンが話す。今回は彼が主管となっている。


「ではバレッタ殿、単刀直入に聞きますが、カガール様にはお会い出来ましたかな」

「……いいや、残念ながら。秘書に聞いても仔細は打ち明けて貰えなんだ」

「市民には休養と伝えているが、その言い訳も何時まで保つか」


「我々にも教えて頂けないとは……。噂も信憑性を帯びると言うものだ」

「私の部下にも、心配の声を上げる者もいる。大事無ければ良いのだが」


 ニアンという街は計8つの地区から構成されており、それぞれが強い自治権を有することから、その代表者たる者の権力もそれに応じた高さを作り上げる。

 この世界、街という物が、恒久と言う言葉が存在しない世界において一つのコロニーを維持することは膨大な、そして巨大な力と努力を要求される。

 なのでニアンには他国という物は無い。このニアンがあらゆる幸運に恵まれて成り立っていることはこの国の全てが理解していることだ。

 しかし今ここに集う者達は、そうした日夜危険と隣り合わせの世界には少々『呑気』な会話が繰り広げられている。


「それでジード殿、ダミアンの小倅はどうだ?」


 ジードは『ルベルア族』の男である。

ルベルア人は異形の、爬虫類が如き厚ぼったい皮膚で体を覆われており、縦に長い顔にギョロッとした瞳が特徴的だ。

 この国で最も数多いのがロッサンとバレッタ、そしてもう一人いるケーニスという女などの、人間に近い見た目の『鉄鋼族』。

 リュダンとゴーワンは『グル』という種属、顔は人に近いがやや厳つく、威容に発達した逞しい両腕が特徴であり、ニアンが存在するこの地に元より生息していた。


この国は嘗て別々に存在した民族、人間種が寄り集まって出来た場所だ。というのも人間種はここの能力が低い傾向にある。だが代わりに高い知能を有するので異種族であっても協力関係を築ける。そうしてこの国は出来上がった。


「変わらず、いや前にも増して意気がっているよ」


 渋い顔の者が多い。このダミアンともう一人のセレニアという女がこの会合の主題である。


「残念ながら支持するものは減るどころか増える一方だ。更には私の地区にも同様の意見を持つ声が聞こえている」

「これはカガール様の影響力、力の弊害、と言うべきなのか」


 ニアンは8つの自治区があり、それを総括する中央政府が存在する。

 そのトップがカガールという男である。彼がこの国に現在の安定した平穏を与えている。しかし人々は、『慣れて』しまった。その為により良い、より効率的な運営を望む者が現れた。

 それらはカガールの運営に不満を上げ、自治区の代表が変わって執政することを提案しているのだ。


「それは言葉が過ぎようゴーワン殿。カガール様が齎したものはあまりにも大きい。それに比べればこれは本当に些細な問題だ」

「そうだなジード殿……。撤回しよう、であれば解決も我々で可能な筈だ」


 その時黙っていたケーニスが口を出す。


「しかしどうだろう。あやつらの意見は、取るに足らないものだろうか」

「――どういう意味か?」


「カガール様は確かに偉大だ。だがそれは『力』が大きく占める。この問題の主たる部分はそうではなく、あくまで執政の能力を問うている訳だ」

「……そうではある」


「であれば一考には値しよう。私は今回初めて参加したが、随分とカガール様に『甘い』中身に思える」

「程々にしてくれまいか。カガール様の愚弄ではないか」


 ジードが苛立ちを露わにする。


「では貴殿らはカガール様に不満がないと?」

「この国を支えておられるのはカガール様に他なるまい」


「しかし今実際にカガール様は動けないでいる。それが何時まで続くか分からない上、また次に何時起きるか分からない以上、緊急の備えぐらいは考えておくべきでは?」

「それを決めるのはカガール様だ、我々ではない」


「だから今カガール様にお会い出来ないのだろう、仕方があるまい」

「重ねて問うが、誰が決める?まさか貴方ではなかろう」

「ジード殿、あまり熱くなられるな。ケーニス殿も、意見として理解は出来るが我々はカガール様の考えを尊重したいのだ」


「――はっ、平和で呆けたか?ロッサン殿」

「いい加減にしろ、ケーニス!」


 ゴーワンが怒鳴りつけた。

 議論が沸騰しだした時、扉が大きな音とともに開いた。反射的に全員がそちらを向く。入ってきたのは外の警備をしていた兵士だった。


「外で警鐘です!音からするに、『レベル3』の事態が発生した模様!」


 全員が息を呑んだ。

 危難を知らせる鐘には、その大小に合わせて5つの鳴らし方がある。

 低いのがレベル1であり、街の中での中規模の諍いが発生したことを意味する。今回のレベル3は『外敵』の存在を意味し、5になると街の放棄を考える一大事。

 前にレベル3の音が鳴った時はかなり遡り、獣達が付近を大移動した時だ。であればそれに比する事態、派兵等の対応が求められる。


「今の指揮官は?」

「私と、ケーニス殿です」


 ロッサンが返事をする。街の警備は8地区の代表が持ち回りで執り行っており、操る兵団はそれぞれの地区の警備兵と異なる専用の軍になる。


「ケーニス殿は13、14隊の他に、3番隊と4番隊に待機命令を出してくれないか」

「了承しましょう。――では直ぐに」


そう言うとケーニスは翻って、自らの近衛と共に部屋を出た。

ロッサンは他の面々に顔を向けて話し出す。


「会議はお開きです、各方は地区に戻られよ。……くれぐれも気取られないように」

「了解した」


 代表してゴーワンが答えた。

 それに頷くとロッサンも部屋を経つ。


 暗がりの廊下を、部下の近衛副隊長でルベルア人のフォグナに零す。


「――私が明日の心配をするとは。……確かに少し、呆けているかもしれないな」

「ロッサン様……」


 平和などと程遠い世界で、安寧を求めるのは罪であろうか。

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