師弟

 相変わらず、魚の群れが減ることはないが、それが障害となることも無かった。海を越えるには、速度が重要である。海と海の間の“距離”は分からないが、羽根で滑空するにしてもスピードに乗ればより遠くまで行けるだろう。――距離は分からないが。

 それについて、メーディが恐る恐る発言する。


『そのう……、次の海が何処にあるかとかはご存知で?』

「知らんなあ」

「だろうな」


『ですよねー……』


 今更それで止まる二人ではないと、理解しているから、メーディに出来ることはただ一つ。落ちないように、必死でしがみつくだけである。


「もう一声……、とばすぞ」

「うおっ、まだ速くなるのか、お前さんは!」


 外に光が差し、薄っすらと明るい方へと向かう。魚を置き去りにするほど、十分に加速したまま、ついに一つの海を突き抜けた。


「おお……、おお!これが、海の!」

「感動するのは、向こうに届いてからだぜ!」


 宙に身を投げだした、三人一塊。デグの倍はある大きな翼は、風を受けてはためく。しかし次の海までは想像以上に長かった。数百メートルを、巨体のデグ含む三人が立派とは言えただの葉をつけて移動するのは困難に思えた。事実、半ばにして既に放物線を描き始めていた。しかもその一番近い海は、前の海よりも高い位置にあった。考えなしに飛び出した結果ではあるが、このままでは奈落に落ちるだけである。


「おい、落ちる」

『だーから、言ったじゃないですかー』

「むふ、任せておけ」


 肩に背負うようについている羽根は、その根本に糸が垂れ下がっていた。デグが腕を広げ、その糸を下に引き下げれば、ノインツァが見せたように、水が後方に放たれた。生き王を受け、翼は羽ばたき、デグは空を飛んだ。


「うおっ」

『すごーい』

「うはは、これじゃ!このための翼!作戦通りじゃ!」


 あまりに穴だらけのデグの計画ではあるが、ともあれ羽ばたき一つで高度を取り戻し、次の海の下部に届いた。

 海に無事たどり着いたところで、理がメーディに尋ねた。


「空気は吸えたか?」

『……やや少ないですが、許容範囲です』


 そうかい、と短く返し再び泳ぎ始めた。

 先程の海は、距離にして数十キロといった長さであったが、今度はその三分の一程度。つまり直ぐに通り抜けることが出来た(理の出す速度が異常だからであるが)。

 そうしてまたデグが飛んで、今度は更に小さい海に飛び込んだが、ここに幸運があった。お椀のような形をしたその海の上部に、小島が浮かんでいたのだ。これに上陸すると、一旦の休憩を取ることにした。小島には木々が生い茂り、生物も豊富で、不安定な海の上にあるものとは思えなかった。


『疲れました』

「うおー……、儂もじゃ」

「軟弱な」


 理以下となると、この世界の生物の過半が該当することになる。

 日も陰っていたので手早く火を起こすと、豊富な海洋生物を焼き始めた。疲労を感じてはいないものの、一定のエネルギーを消費した理の食事量は、デグが戦慄を覚える程であった。一頻り食事を取り、軽めの睡眠を取るために理が横になったら、デグが話しかけた。デグは正座して、頭を垂れていた。


「師よ……」

「……そういえばそんな設定あったな」


「あんたのお陰で、儂は悲願を果たせた。まだ道半ばではあるが、感謝をさせて欲しい」

「嫌だよ」


 何故、という様子で顔を上げたデグ。


「これは俺が必要と感じたから、お前に手を貸しただけだ。それに感謝なんかされたくはない、勘違いも甚だしい」

『また失礼な……』

「いんや、いいさ。どうせ儂の勝手な言い分よ」


 憤るメーディを制するデグ。


「だが、儂はお前さんがいなければ海を渡れん」

「……そうだ」


「しかし、お前さんも儂がいなければ無理だろう」

「それもそうだ」


「ならば……」


 逞しい腕を、理に向けるデグ。


「儂はお前のことを師であり、そして『友』だと思おう」

「……勝手にしろ」


 理がその手を握り返すことは無かった。それでも、デグは満足そうに笑っていて、それがメーディには不思議で仕方がなかった。

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