水泳
自力の船出に他力が合わさり、推力を持った初動が生まれた。
要するに、理らは最初の内は流されていた。距離にして数百メートルを、流れに身を任せて進んだ。そして勢いが落ちるとともに体勢を整え、漸く本当の出発が可能となった。
『死ぬかと……』
「ちと乱暴な発進だったのう、――ってなんじゃ、これ」
これ、とは今している『会話』のことを指す。
「便利だろ」
「これは、お嬢ちゃんの仕業かい」
『そうです』
メーディが普段行っているものの応用、声で話すのではなく、『意』を伝える術は海中での会話を可能にする。
「ほえー、大したものだ」
「それで、真っ直ぐ進めば良いのか?」
真っ直ぐとは、球体の形をとるこの海を通り、次の海を目指すということ。
「知らん」
「ああ?」
『は?』
「儂はこの海を通れたことがないのでな、その先など知らん」
「そりゃそうだろうが……、あてとか、ないのか」
『……知的な方が増えて嬉しい限りですよ』
現状を皮肉るメーディ。
「まあ、それは仕方がないとして。遅いなお前」
「煩いわい」
『十分速いと……』
今三人は、デグの背に二人が乗る形で泳いでいる。
「それはそうと、来るぞ。最初の難関じゃ」
『ひええ』
「数は多いな、数は」
デグが海を渡れないでいた要因は三つ。球体が故の、『ループ』する海流。独立した海の間を渡る手段。そして、『魚』。
「色々いるが、どれも独創的な形だこと」
頭だけ、寧ろ“目玉”だけの真緑の出目金。口が体長の半分ほどまで裂けている、青魚。“横半分”の魚、残り半分の下部には気泡があり中には卵が見える。絡まった毛玉のような、虹色に光る触手の塊の群れ。最後のそれがメーディには特に嫌われた。
彩り豊かな、種類豊富な群れの中を潜らなければ先には進めない。しかし中には獰猛なものもいるため、回避が困難なのである。デグは持ち前のタフネスで乗り越えてきたが、それでは羽根の損耗は避けられない。
「どうしたものか」
『迂回しては?』
「無理じゃ、ああいうのはどこにでもおるし、もっと凶暴なものすら他にいる」
そうして相談していると、おもむろに理がデグの下に周った。
「な、なんじゃ!」
「やっぱり遅い」
『――あ、ちょっと拙い』
デグを背負う形で、理が構えると足を一漕ぎ。すると今いた場所が遥か後方に。
「ぬううん」
『いーやー』
「この方がよっぽど良い!」
魚の群れに突っ込むが、この速度では魚達が“轢かれている”に近い。デグの巨体が高速で動けば、大概の魚は触れるだけで跳ね飛ばされる。襲われる間もなく、どんどんと進んでいく。
これが、今までデグに足りなかった『速度』である。やや過剰ではあるが。
だが進んでいく内に、正面に黒い大きな影が。
『行き止まり……、壁です!』
「……違う!」
「ありゃあ、間違いない」
それも一個の生物。この海の主とでも言いたげな、堂々とした泳ぎを見せるそれの全長は、彼らには測れない。少なくとも見える限りは体。しかし動いているのは確実である以上、生物であると判断できよう。
それを見て、考えあぐねたデグだが、なぜか理の泳ぎは止まらない。
「お、おい!何で止まらん、前が見えんのか!」
「問題ない、このまま突き進む!」
止まるどころか、更に加速すると、その魚の眼の前で、一度デグを掴んでいた手を離した。そして勢いを維持したまま、魚の体に拳を一突き。
決して柔らかいとも言えぬ肉が弾け、大きな穴が空いた。海中で踏ん張れぬ中でも、その力は目を瞠るものであり、その魚は理にとっては『柔らかい』部類である。
そうして肉を抉り進めば、そう時間も掛からずに貫通することが出来た。
「なんちゅう乱暴な」
『いつもこうですよ』
慣れっこというふうに見せるメーディ。
しかし、巨大魚は一切の抵抗を見せなかったが、その事に気がついた者はいなかった。理が倒したものだと、思い込んでいた。
――状況からして、その魚の頭部が失われていたことに、気がつける訳もないのだが。
それからも泳ぎ続け、時間にして半日ほどすれば、変化が現れる。
「もう少しだ」
「おお、光が!」
『ようやく、と言うには早かった気もしますが』
いよいよ、デグが抱えた難題。海を渡る時が来た。
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