ロケットスタート
理達は再び、水球が織りなす海の前にいた。理が横にいるデグに見上げて話しかける。
「ずっと気になっていたんだけどよ」
「なんじゃい」
「本当にそれでいいのか」
「それってこれか」
予定通り、デグはノインツァの羽根(葉)を二枚譲り受けたものを、丈夫なツタで腰に括って背中に固定している。
「そんな素材で海の中、スピードが落ちそうなんだが」
ノインツァの羽根は、デグがそう呼んだ通りに、縁が“モコモコ”している。毛布のような見た目で、内側こそ薄く丈夫な葉であるが、外側がこれでは“水を吸う”のではないかと理は危惧している。
すると何度か見たデグの得意げな笑みが出た。
「直ぐにわか――」
「今言え」
頬を掻いて困り顔のデグ。
「うむ……、そうだな。だがこればかりは見てみないと、口で説明するのはどうにも……」
先のノインツァとのやり取りを見る通りに、デグは一人で生きた時間が長すぎる故の、『コミュ障』であった。対人こそ苦手ではないが、喋るのが下手。特に細かい説明が不得手だ。
「はあ、じゃあいい。それと、お前」
『はい』
「答えは出たか」
『……一応、この方法なら大丈夫だと思います』
答え、とはメーディが海の中で『息をする手段』のことである。彼女ならではの“光合成”というものもあるが、海の中で光が届く保証もない、であれば代替手段が求められる。因みに理は、息を止めてやり過ごすつもりだ、本人曰く『丸一日くらいなら問題ない』とのことだ。
「興味本位だが、聞いてもいいか」
『光と空気を『溜めて』行こうかと』
「へーえ」
『限度はありますが、これなら恐らくは……』
霧の地帯を抜ける際に、メーディは熱を遮断した。これはその逆で、周囲のものを“留める”ことで息切れを防ぐ。光や空気を宿す、精霊への祈りがそれを可能とする。
『あとは息継ぎが出来るか、ですが』
水球の連続で、渡る際には間の空間、空気がある。しかしそこを渡る際にはあの羽根を利用し、高速で移動することになる。その中で繊細な行動が出来るかが懸念材料だが、それに対した理の返事は簡潔である。
「出来なきゃ死ぬ、それだけだ」
『……頑張ります』
優しさの欠片もないが、メーディもとっくに期待などしていない。
「やっとか。今度は上手くいくと良いな、デグ」
「ふふん、モコモ――、ノインツァの羽根があれば楽勝よ」
言の葉を交わす二匹、元々仲は悪くなかった(栄養補給の点で言えばノインツァは『樹』)のだが、唯一のシコリが解消され、いよいよ親友といった間柄となった。とはいえ、この挑戦が上手く行けば今生の別れにもなりうるのだが。
「そして小さく強い者」
「なんだよ」
「お前は正に強者、儂では敵う筈もない。だが覚えておけ、この世には抗えない『自然』というものがあるのだ」
「急に説教かよ、でもそうだな、良いことを言う」
「ほう」
「これから『それ』に挑もうって奴に贈る言葉としては適当だろうさ、なあ」
「くく、そうさなぁ」
理の言葉の先にいるのはデグ。
「ああ、いや……、そういう意味じゃあ、……まあいい、ならさっさと行ってしまえ!」
そういってそっぽを向いてしまったノインツァ。
「ありゃ、拗ねちまった。図体でかいくせに、繊細なやつ」
「意外と細かいこと気にするやつよ、昔から」
「早よ行け」
やれやれと言う風に肩を竦めた後に、海に向い足を進める三人。だが後ろから付いてくる気配。振り返ればやはりと言うべきか、ノインツァだった。
「なんだよ、機嫌が治ったのか」
「……元から機嫌など悪ぅないわ」
「じゃあなにを――」
ノインツァはその羽根を大きく広げ、叫んだ。
「儂の忠告を聞かぬ大馬鹿共に、餞別をくれてやる!」
「そうかい……」
腰を落とす理にデグが静止をかける。
「待て」
「どうした」
「あいつを信じてやってくれ」
「……別にいいけどよ」
「ふはは、いい判断だデグ!これは“景気づけ”だ!」
よく見れば、ノインツァの『根』でもある尻尾が地面深く刺さっている、そこから何かを吸い上げている。
「儂の羽根はこういうものだ!」
『ちょ、待っ――』
ノインツァが羽ばたけば、その羽根からは“水”が放たれた。大地から得た水分を葉に蓄え一息に放出、水の刃と化したのだ。それは三人の足元にぶつかり、体を持ち上げた。弾丸のような速度で、吹き飛ぶ先は海。
「成る程」
「うぎゃあー」
『ひやあぁー』
そのまま勢い良く海に飛び込んだ三人、あっという間に深部へと消えていき見えなくなった。
「今度は帰ってくるんじゃないぞ、ガキンチョ」
ノインツァもまた、外の世界など知らぬ。けれどもそれは彼にとって悲しむべきことではない、大事なものはそれぞれだ。
「“ここも”また随分変わってしまったな、いつになったら落ち着くのやら……」
リュリャンドラ・エグニバル・ノインツァ。それはこの地にとって正に守り神。長き時を生き、自然と一体となった生命は変化に聡い。
「理と言ったか。あれが、良き方に向くことを、儂は祈ることしか出来ぬ」
世界を憂う眼は、何を見てきたのか。
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