着陸
海を渡る、これは地球にいた理のイメージであって、実際に行っていることとはやや乖離がある。地面のない、つまり海底のない海から海へ、宙を飛び越え移り行く。これは海を『飛んで』いるに等しい。そうした、『海域飛行』を繰り返して数日から十数日。途中休憩を挟みながら、海中で一日を過ごすことも珍しくなくなった。
デグも理も、肺呼吸なので合間に息継ぎをしなければならない、メーディも空気の補給はせねばならない。しかし摩訶不思議な海にあって、『海面』とは約束されたものではなかった。海はどれも、球体とは限らない。楕円でもあれば、筒型やU字型、果ては四角形。チューブ状の海が捻れたものは、筒のない『ウォータースライダー』のようでもある。原理も分からなければそうなった経緯など想像もつかない、海流も無茶苦茶な海の数々。そこから落ちぬように呼吸をするのは、理にとっても手間のかかることだった。
けれども理はそれが必要と有らば、泣き言一つ言わず、辛抱強く行っていた。これは共に旅する者にとって、勇気を与える振る舞いである。未知の場所、数多の脅威、そうしたものを躱しながら進むのは、どれほど屈強なものであっても滅入りかねない。ましてや未だ旅慣れぬメーディや、初めて旅をするデグにとってはより感じることであろう。そんな中であって、頼もしき存在、夜道を照らす灯火が如き理は、二者の希望になっていた。
それを自覚することは少なかったが、理解はしていた両者は彼と共に入れたことを心から感謝した、メーディは今までの理が起こした暴挙の数々すら、許してしまいそうになったが、良くよく考えればそれはまた別の話だと思い直した。そうして、メーディが理の有用性、脅威について自己問答している内に、唐突に“それ”が姿を現した。もう何度目か分からぬ、海からの飛び出し。相変わらずの出たとこ勝負であったが、流石に慣れてきて余程のことがない限り、“多少海が異常”なくらいでは驚かなくなっていた、だが。
「――うお!」
「なんと!」
『やっと……、これは、島?』
今まで、直前にいた海に入る時には全く見えなかったもの。
「って、またこういうパターンかよ」
「うおお、こりゃ凄い」
『浮いていますね、見事に』
浮いているとは、“島が”である。海の次は島が浮いている。面を上にした半円、三角。形は然程多彩ではなく、上に乗って歩く分には支障がなさそうなものばかり。
一番近いものは、やや下にあるので慣性のままに着陸する。
「とう」
「んべっ」
『大丈夫ですか?デグさん』
一名、着地に失敗したが総じて五体満足。無事に海を渡りきったと言えるだろう。
青空の下、草木が生い茂る大地を踏みしめる三人。浮いているような、不確かな足場ではなく頼りがいのある、懐かしい感覚に喜びを覚える。上から見た限りでは、一つ一つが小島、そこまで大きいものには見えなかった。だが数は非常に多く、景色いっぱいに島々が広がる。
「おお……、これが、海の向こうの世界」
感動に打ち震えるデグに対し、理とメーディの反応は芳しくなかった。二人共怪訝な顔で、一度見合った。
「お前には“見える”か」
『……微かに、確かに海から出た時は見えた気がしたのですが……』
「なんだ、どうしたと言うのだ。これだけの光景を前に!」
興奮して、やや言葉が荒くなるデグ。それに落ち着いた顔、もしくは強張ったようにも見える顔の理が聞く。
「じゃあ、お前は見たよな?」
「なにをじゃ」
理は一方向を指す。
「あっちに、大きな島があったと思うんだが」
「んん?……そういえば、そんなもんがあったような……?おお?」
腕を組んで頭を捻るデグ。
「個人差?それとも個体差、種族による違いか、あるいは……」
『珍しいですね』
顎を触りながら考え耽る理にメーディが話しかける。
「なにが」
『こういう時、いつも言うじゃないですか』
瞬きが止まり、じっとメーディを見る。驚いたというよりは、面を食らったような表情。一本取られたような悔しさを感じ、所在なげにする理。
「そうな……、行けば分かる。なんだからしくねえな」
『そうでもないですよ』
「そうか?」
『ええ、初めて貴方を『人間らしい』と思えましたから』
その時に理が見せた顔を、メーディは生涯忘れることはないだろう。
新世界の理 ~地球最強の男~ バルバロ @vallord
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