獣の戦い
「うぐるあぁあ!」
「うおお!」
人が発したとは思えぬ雄叫びを上げた後、神速で迫るカガール。その手には再びどこからか武器が、今は短剣が握られている。短い振りで薙いだのを理がバックステップで躱すと、息をつく間もなく体の真を付いた突きが見舞わされる。それをまたバク転で躱して距離を取る理、両者の間に張り詰めた熱気が漂う。
「いい顔をしている、その方が似合っているぜ」
「はあぁぁ……!」
今となってはカガールの方が獣に近い。姿勢も低く、猫科のようなしなやかさで隙を伺っている。
もう一度カガールが踏み込む、同時に足元の小石を蹴り上げた。理はそれを避けること無く肩口で受け止めて反撃を――。
「ぐぎっ!」
「るぁああ!」
肩に何かが刺さった。小振りなナイフが深々と突き刺さっている、それを抜く間もなくカガールが迫る。二連突き、頭部を狙って崩れた体に短刀を向けた。無理やり体を捻り、脇を危うく掠りながらも受け流しナイフを持つ腕を取った。そのまま投げ飛ばし短刀を奪う。
倒れたカガールにそれを投擲して、その隙を狙うべく追撃をする。しかし予想は外れ短刀が弾かれた。そして立ち上がったカガールは腕に直剣を握り斬り掛かってくる。薄皮一枚の所で躱し胸の表面に血が滲む。
「手品かよ」
「はははぁ……、これが私の力だ」
改めてカガールを観察すると一つ気がついたことがある。腰に巻いているベルトの、そしてジャケットに付いていた装飾がそれぞれ“減っている”。小さな丸い石であったり、シルバーアクセサリの如きそれら。そして次から次へと湧いてくる武器、先程の石がナイフに。最早答えは明白。
「武器に変えるのか、あらゆるものを」
「私は……、『戦神』。戦神カガールだ!」
カガールが腰に手をやるともう一つ小石を取り、刺突剣に変化した。両手に構えた武器を巧みに操り攻撃を繰り出す。力それ自体もそうだが、それを操るカガールこそが理にとっては脅威であった。
「……ぐぅっ!」
「ぜああ!」
太刀筋が読めない、次の攻撃が予測できない。数多の戦闘経験を有する理をもってして見切れない剣技は軍神と呼ぶに相応しいものだった。未だ致命には至らないものの細かい切り傷が増えていく。このままでは勝負は決してしまう。
それに対抗するには、理も『獣』になる必要があった。見る者が恐れる、『妖(あやかし)』の様に。
「うおおぉ」
「……む!」
理が体を左右に振って撹乱する。右に振り、仕掛ける直前に左脚から回し蹴りを放った。カガールが手に持つのは剣。攻撃を防ぐにもそれは使われる。無手である理に対しては特に有効である。この蹴りも刃で受けるべく刃を立てた。
カガールは理がその脚をフェイントに別の攻撃を仕掛けると読んだ。それに備えて左手の刺突剣を握り直す。
だがその脚は止まらなかった。空中で軌道が変化はしたものの、そのまま刃が待ち受ける方へ。しかし刃の根本へと脚が食い込むとそれ以上剣を動かせなくなった。逆に構える剣で刺そうとするが体を密着されて出来ない。
肉を切らせてなんとやら。直ぐに剣を手放せばよかった、戦士の直感が目前の敵の奇行に鈍ってしまった。
「……離れろ!」
「嫌だね!」
腿に食い込む剣を無視してカガールに近づき押し倒す。上を取ると襟を締めて顔に拳を振り下ろす。剣を離した腕で防がれる、だが構わず更に二度三度と拳を見舞わす。
超人的な身体能力に見合った強靭さを誇るカガールの肉体だが、理の破壊力はそれを上回る。
しかし理の横腹に刺す痛み、文字通り刃が刺さっている。先程持っていた刺突剣ではなく、この距離で振るえる短いものに変わっている。だがそれだけでは今の理を止められない。
「無駄だ」
「そうかな……!」
理が弾け飛んだ。刺された脇腹の方から、ハンマーで殴られたかのように飛んでいく。地面を跳ねながら転がり、壁にぶつかり止まる。死んではおらず立ち上がるが、ダメージは大きく、力ない足取り。
「なんだ……、爆弾でも持ってやがるのか?」
「……出来れば使いたくなかったのだが」
カガールが振りかぶり剣を投げた。怖気が奔った理は飛び退くが後方でまた衝撃が起き、転げる。振り返ると壁には巨大な凹みが出来ていた。
「威力も調節できるが、やり過ぎると惨事を招くので嫌っていたのだが……」
「だが?」
一瞬、セレニア達がいる方を見たのだが、歪んだ笑みを浮かべて口元の血を舐めたカガール。
「お前を殺すほうが今は大事だ……!」
「――それでこそだ」
再開した戦いは加熱し、とうとう大地を揺らすまでの規模に至りだした。
それを眺める三者。ダニアンは真っ青になり逃げようか迷っている、メーディは不安になりつつも出来るだけ最後まで見ているつもりだ。
そしてセレニアは――。
「……父様」
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