闘いの「理」
カガールが短刀の投擲を繰り返す。流石に地下の崩落を気にしてか、威力は『凹み』を作る程度だがその分当たった時の衝撃は強い。掠っただけで理は宙を舞い、そこから追撃を受ければ一気に押し切られる。
それを防ぐためには負傷を覚悟で踏み込む他にない。幸い理は大怪我に“慣れている”。片腕が、脇腹が消し飛ぶぐらいでは怯まない止まらない。一度は狼狽えたカガールだが、直ぐに“そういう物”だと飲み込み対処する。
一度で止まらぬなら二度、二度で駄目なら三度。そうすればやがて隙ができる、不死身『もどき』の理だが消し飛べば、特に頭部が損傷しては生きてはいられない。つまりこのままでは彼は死の運命を免れられない。
曲芸のように壁を蹴り、体を捻り攻撃を躱す理。だが彼とて生物、体力には限界がある。今はほぼ全力での行動を続け既に十数分。休むことも出来なくては底が尽きるのはそう遠くない。そうなりたくなくば攻めるしかないが、カガールには油断は全く無い。攻略は不可能に近い。
「このままで……、終わるかよ」
「いいや、終わりだ。このまま紅き塵と消えたまえ」
優勢を得て余裕もできてきたカガール。そうなれば攻撃の精度は更に増す。理は一息で近づける、最低でも五十メートルの範囲に入りたい。今は百メートルが限度。
なんとか突破口を見つけたい理。その時彼の動きが鈍った。疲労が蓄積したか、それを見逃すカガールではない。素早く狙い槍を放つ、寸分違わず理に向かい直線ではなく弧を描き避け難い一撃。なんとかそれを躱した理だが、後ろに跳んだ先はすぐに壁があった。それを背にして回避は困難。左右を挟むように二つの剣が飛ぶ、しかしそれは理の狙い通り。
「これを待っていたぞ!」
極限まで低くしたまま飛び込み攻撃を“潜った”。後に三歩でカガールに肉薄できる、足がつき力強く踏ん張る。後二歩――。
「――私もだよ」
今の速度の理に、腰に手を当てては間に合わない。だがカガールには備えがある。靴裏に仕込んだ小さな針。それを中段蹴りの要領で振るうと放たれ、宙で徐々に大きく鋭くなる。槍の穂先程度になったそれが低い理の頭部に向かう。
躱しようがない、完璧な速度と軌道。カガールも直撃を確信した。ただ、理の反応は予想を裏切るものだった。彼は途中で“止まった”。カガールの奥の手を読んでいた理は躱すのではなく“迎え撃つ”つもりなのだ。
低い頭部を狙ったそれを、ボールを蹴るように踏み込んで脚を振り抜いた。
衝突の瞬間、ぶつかった理の右足が鮮血とともに弾けたが鋭い刃も砕け、それを中心に衝撃波が広がる。
「むうっ!」
「わああ!」
『きゃあ!』
「くうう!」
理以外の四者がそれぞれの反応を示す中。血飛沫を腕で防ぎ、目を細めたカガールが手を避けると、理の姿がない。
「――どこだ!」
だが空気の流れで気が付く。
「上だ!」
見上げると片足を失った無い理が降って来る。直ぐに腰から剣を生み出し迎撃に移るが、理が一瞬早い。カガールの頭を掴むとそのまま打ち下ろし地面に叩きつける。同時に馬乗りになり拳を握る。カガールも再び弾き飛ばすように武器を振るうが。
「洒落臭え!」
理はカガールの顔を抑えていない方の腕で武器を迎撃する、自分にダメージが及ばないようにするために威力を抑えたそれは理の手首から先と引き換えに相殺された。
「くっ」
再び武器を生み出そうと身動きするが――。
「うらあ!」
千切れた腕、手が無いがそれより前の部分でカガールの顔面を殴った。顔を抑えていた手も放し、両手で殴打を繰り返す。藻掻くがその度に理に防がれる。顔が血塗れになるカガール、だが自傷を顧みぬ一撃で、理の腕に突き刺した短剣の衝撃で漸く理を引き剥がした。
両者が再び立ち上がり、向かい合う。カガールは顔を朱に染め、腕にも鈍い痛みが奔る。理も怪我こそ治りかけているものの、未だ負傷箇所は多い。特に今しがた受けた左肩の傷は尋常ではなく、腕が取れかけている。
「はあはあ……」
「ぐうう……」
しかしどちらも闘気は衰えない。だが今の間合いは五メートル以下、ここからは再び接近戦だ。
「うおお!」
「でああ!」
剣と素手。一方的になるべき対戦だが、驚くべきことに互角。そして理が圧しだしている。
「ぐう……、何故だ!」
「これが、『経験』の差だ!」
理は既にカガールの剣戟を“覚えた”。それは幾多の戦闘から得た経験によるものだ。
「馬鹿な……!戦いの、争いの数で私が負けるものか!」
「違えよ、『闘い』ってのは。“こういうもの”を言うのさ」
理の拳がカガールの顔面を捉えた。
「がっ」
「――らああ!」
鳩尾に深々と刺さる腕。貫通こそしていないものの血が溢れる。そのまま蹲るカガール。
「闘い、とは、なんだ……?」
「お前がおっかなびっくり、獣を抑えているのとは違う。俺は常に全身全霊で力を奮い続けた。その差だ」
目を見開き、微笑むカガール。
「……そんなもの、人を辞めろと言うのと同じではないか」
「――辞めないとやっていけないだろう、ここじゃあ」
崩れ落ちたカガールだが、また立ち上がる。
「ならば……、今、条件は同じだ……」
「まだやるか」
口からも血を流し、尚、笑みを崩さぬカガール。まさに『化物』の姿。
「応とも!」
しかし声がかかる。
「待った!待て!もういいだろう!」
声の主はセレニアだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます