人か獣か
両目から涙を流し、叫ぶ。そして走り寄ってくる。
「父様!死んではいけない、死なないで!」
「……セレニア」
「父様……」
駆け寄るセレニアの足元が爆ぜた。そこには一本の槍。
「邪魔だ……!」
セレニアが見たこともない邪悪な表情のカガールに、気圧され後ずさる。
しかしカガールは自らを父と呼んだ女を無視して理に向き直る。
「悪いな、気にしないでくれ」
「元から、気にもしていないさ」
「シャッ!」
「だぁっ!」
深い傷を負いながらもカガールの動きは衰えない、歴戦の勘が自然と弱点を埋める。武器に拘らず、不利と思えば即座に手放し切り替える。カガールの意志一つで武器はまた石に還る、だから理の得物にはならない。
それでもやはり理が優勢だ、浅くはあるものの攻撃の当たりが増えていく。カガールの顔は既に打撲や出血で真っ赤だ。だが獣の嗤いは止まらない。
「ガアアア!」
「そろそろ終わりにしてやるよ!」
理の筋肉が疼いている、どのタイミングかで必殺の一撃が飛んでくる。今のカガールでは耐えられる筈もない。それを警戒しては他の攻撃に対応が遅れる。焦りに汗が流れ落ちる。
「おらあ!」
「ぐっ……、うぐあ」
理の拳を槍の柄で防いだ時に、腕に激痛が走った。蓄積したダメージがここで爆発したのだ。なんとか耐えるが僅かに動きが鈍る、瞬間、理が腰を落として腕を引いた。刹那の逡巡でカガールは敗北を悟った。
だが二人の上に影が差したことで止まった。
「ムグオオオ……」
肉塊だった怪物が再生していた、二人に乗りかかるように飛びかかってくる。
しかしそれは果たされず、怪物は横に吹き飛んだ。
後に残ったのはセレニアだった。
「はあはあ、この……、馬鹿親父ぃいい!」
怪物を吹き飛ばしたのは大きな円柱、ではなくそれは『柄』だった。丸太より太いその先に付いていたのは巨大な槌。
「うおー……」
「ああ……」
二人に再び影が差した、今度は更に大きなシルエット。空間全てを覆わんばかりの大きな大きな槌。それを立てにスイングするセレニア。
「いっぺん、頭冷やしやがれえぇ!」
二人は動かない、避けられないと悟ったからだ。そしてセレニアの気迫に圧されたのもある。
「これは?」
「彼女は私の娘でね、『石』を武器に変えられるのだ。つまりあれは彼女の後の『壁』だったんだろう」
「ああ、そう――」
轟音が鳴り土埃が舞い上がる、メーディたちも視界を塞がれ埃にむせる。
『えほっ、えほ』
「なんなんだ、どいつもこいつも――」
小さく悪態を吐いたダニアン。最早彼にはそれぐらいしか出来ないのだ。
だんだんと晴れていく視界に立っていたのはセレニアと“理”だった。
「……なんで立っている」
「丈夫だから、だな」
砕け散った岩が理の周りに転がっている。その中で汚れてはいるものの、頭部から出血してはいるが理は毅然と立ち尽くしている。
「――それでは、私は脆弱になるのかな」
「だろうな、その様じゃあ」
仰向けに倒れているカガール。理との戦いに加えて今のダメージで、完全に立てなくなっている。それでも冗談を言う余裕はある。
「頭は冷えたか、親父」
「ああ、そう呼ばれるのも久しぶりだな。……頭がグラグラするよ、だがそうだな、気分がいいよ」
その言葉通りカガールの顔は晴れやかだった。そして理に語りかける。
「楽しかったなぁ」
「ああ」
「抑えていた戦いへの欲が、すっかり出ていったようだ。もうこれ以上の熱は望めないと、理解したのだろう『あれ』も。なにより負けたしな、真っ向勝負で」
「そうだろうな。お前は俺と同じ戦闘狂だが、見ている先が違う」
そう言うと理はセレニアを見た。
「なんだかんだ言いながら、お前あいつに気を取られ過ぎだぜ」
「そうだったか……?まあ、そうかもしれないな。たった一人の家族だ」
「大体全力を出せば上に影響出るからって加減していたろう」
「……だとしても君の勝ちには変わりない、結果は同じだったろう」
「それで、この後はどうするんだ“カガール様”?」
セレニアが話しかけるが、既に娘の顔ではなく首長の姿だ。
「うん、そうだな。少し開けてしまったが引き続き私が執政を行うよ、君やダニアンでは頼りないようだしね」
ダニアンはメーディの横で気を失っている。大槌の衝撃で転び、頭を打ったのだ。
「……そうかい」
「そう言えば、君たちは反乱しようとしていたのだっけ。どうする、今からでも?」
「勘弁してくれ、それにカガール様も今は無理だろう。これからも街を守って貰わねばならんのだ、さっさと治してくれ」
「善処しよう」
その横で理が歩き出した。
「この国を出ていくのか?」
「少し休んだらな。俺も流石に疲れた」
「そうか、見送りはさせてくれよ」
後ろに手を振って応える。
「……戦っている最中はどうでもよかったが、君の見ている先とはなんだ。まさか本当に獣になろうと?」
「――必要ならそうもなるさ」
「そうか。だが君は怪物であっても『悪人』ではない。この国から健闘を期待しているよ」
それを聞いて、理はメーディを連れて去っていった。
暫く経つとカガールが上半身を起こした。
「ぐぬ、流石にまだ無理か」
「腹に穴が開いているのだから、当たり前だ。寧ろ生きているのが不思議なほどだ。今ダニアンに人を呼ばせた、もう少しジッとしていろ」
「彼ほどじゃないが、生き汚さには自信があるんだ。けど、今はそうさせてもらうよ。……セレニア」
「なんだ」
「……悪かったな、心配かけて」
「ふん。私は不甲斐ない首長を蹴飛ばそうとしただけだ」
乱暴な言葉とは裏腹に、穏やかな表情のセレニア。
「これからも頼むよ、セレニア首長」
「親父も休んでいる間に随分仕事が溜まっているぞ」
「はは、ゴーワン辺りに怒られるのが目に見えるよ」
「自業自得だ」
「助け舟を出しても?」
「無理に決まっているだろう、そもそも親父が――」
それから救護が来るまで、親子の他愛ない会話が続いた。
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