カガールという男

 カガールという男がいた世界。そこは我々の知る世界よりも遥かに野蛮であり、日夜戦乱が続く世界。地球と同じかそれ以上の文明を有しながらその大半を争いにつぎ込む。

 そんな世界にも弱者はいた。圧倒的多数の強者に囲まれたその者たちには、その星で生きる資格はないのか。

 否、絶対に否。そう唱えたのはカガールだった。

 生まれ持った力を弱者のために振るう彼は、その世界ではあまりに異端だった。

 彼は戦った万の敵、億の戦士と。

 彼は傷ついた、兆の矛を差し向けられて。

 だが倒れない、彼は自分の生まれた世界――弱肉強食などという蛮行がまかり通る世界――がとてつもなく嫌いだった。

 非難を受けても罵声を浴びても彼は倒れなかった。やがて世界を敵に回した彼は億に及ぶ戦士に対し、僅か数千の弱者のために命を燃やした。

 しかしそんな中、カガールの心は常に“怯えていた”。敵にではない、『自分自身』にだ。

 戦いの高揚、それはカガールの心の中に潜む悪魔だった。野蛮を嫌う自らが、殺戮を愉しむなど受け入れ難かった。しかし血を浴びる度に心はざわついた、「もっと殺せ」「もっと血を!」と。

 何時しか彼はそれを抑え、邪心に打ち勝った。――そう思っていた。

 やがて彼はこの世界に導かれた。彼を待っていたのは自分が知る世界を遥かに超える、強者が蠢く大地。望んでか望まずか、その幾つかに出会い矛を交えた。前の世界で見たことがないほどの強者、脅威。程なくそれが世界全体に及ぶと理解した。

 三度目の強者との争いの最中、ふと意識が途絶えた。覚えているのは真っ赤な視界。意識を取り戻した時、目の前にあったのは戦っていた者の亡骸。そして返り血と自身の血液に塗れた体と、嘗て無い『悦び』。カガールは恐怖した、己の中に住まう悪魔が未だに生きていたことに。

 

逃げるように世界を彷徨っている時、ある者たちに出会った。

 強力な敵に襲われ戦っていた人達、彼らを助けその姿を見た途端彼にはわかった。彼らはこの世界の『被害者』だと。

 だから彼は彼らの街を訪れた、弱者の盾になることは自らの使命だと理解している戦神はその力を遺憾なく振る舞い防備を固めた。彼は誓った、彼らを守ると。

 それが逃避だと、思い出さぬように。

 しかし悪魔は追いかける、そしてある日再び出会った、それを解き放つ存在が。

 肉の塊、醜い容姿の怪物が現れた時、真っ先に彼は仲間を守るため立ち向かった。だが『抜け殻』では無かったそれはカガールを持ってして互角の敵だった。すると敵はカガールの仲間を捕らえ食べ始めた。それを防ごうと飛び出そうとしたカガールだったが、“足が止まった”。悪魔が語りかけたのだ、「より強者を」「更なる死闘を」と。飲み込まれる仲間、自らに縋る仲間を呆然と見送る自分に気がついた彼は、体を翻し逃げ出した。守るべきものを置き去りに、一人塔へと駆け戻った。

 そして自らの部屋に辿り着くなり、体を抱えて震えを抑えようとした。そうして彼は守護者としての自分に疑問を持ち、悪魔と戦うため一人の時間を作った。しかし運命は彼を戦いへと導いた、それは嘗ての世界からの呪いにも思えた。彼の目の前には、一人の『悪魔』が現れた。


――その悪魔は『理』と名乗った。

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