恐怖の“残痕”
下は存外浅く、二メートル程降りた所に地面があり直径50メートル程の広く丸い空間からは方々に道が続いている。採掘場の中間地点でここに一度採ったものを集めるようだ。実際壁際に箱があり中には鉱石が詰まっている。
その蟻の巣が如き場所の真ん中にそれはあった。
メーディの残した言葉通り、それは人型をとっている。歪な異形ではあるが確かに四肢がある。だがそれらはまるで不出来な人形のようであり、色は浅黒く艶がある。肉をかき集めたように継ぎ目と無計画な形がある。顔というものはあるが鼻はなく、口と目があるべき場所には黒く空洞があるだけだ。一番の特徴は両腕が長く、前傾姿勢ではあるが地面に付いている。
その見ているだけで気分が悪くなるような、生命に危機を覚える存在を前にカガールが口を開いた。
「これが、私が今まで塔から出なかった理由。先の遠征が折に出会った『恐怖』だ」
「こんなものが、ニアンの地下に……」
ダミアンが言葉を失う。既に動かぬのにも関わらず、恐怖に支配されかけている。
だが理がその空気を奪うように、怒気が篭った雰囲気で喋りだす。
「それで?どうして今まで放置していた。あれはまだ生きているのか」
「……不明だ」
「為ればどうとでも出来るだろうに、まさか動かぬ木偶に怯えたとでも」
「……君はあれを見て何も思わないのか、そしてあれは私と出会った時まだ“生きていた”」
カガールが以前この場所に来た時、ニアンの地下は広大で今尚拡張し続けている。だがその際に未知の生き物が現れるとも限らず、必ず最初はカガールが同行するのだ。
しかし順調に思えた行程はそれの出現に寄って大きく狂った。
今いる場所から伸びた一つの道を掘り進めていたチームが突然消えた。音もなく、襲われた筈の者たちの悲鳴一つ聞こえずぞれが姿を表した。
悍ましい風体を見たカガール以外の者は恐怖に駆られ身動きを取れなくなり、中には発狂しだすのが現れだした。
当然カガールはそれに挑んだ。しかし敗れた。
恐怖の具現は街の守護神の攻撃を意に介さず、傷を負っても止まることはなかった。
それでも最初はカガールが優勢だった、確実に傷を負わせ四肢は取れかけ動きも鈍った。だがそれはカガール以外の者達を捉え『喰った』。するとたちまち肉を得て体は増強された。力も増したそれはカガールを圧しだし、やがてカガールは撤退した。
そう理たちに説明したカガール。
「確かに得も言われぬ威圧感はある、だがそれだけだ。倒すのに、殺すのに支障はない」
「君の様な狂犬には分からないか」
話しながら理は下に行き怪物に近寄る。他は近寄るに近づけない。
「醜い人形だ。こんなものに気圧されるものか、あいつは……?」
その時、暗闇だった眼窩に明かりが灯った。
『オォ、アア……』
「む?」
理が吹き飛んだ、動かぬと思われた怪物がその屈強な腕を振るうと軽々と弾き飛ばした。
「やはり生きていたか」
『理さん!』
怪物はゆっくりと歩き出し、壁に激突した理に近づいていく。
『ヴアア……』
「煩えな、変な声で鳴くな“粘土細工”」
怪物の頭部が打ち上がる、理が跳躍から前蹴りをくりだしたのだ。
肉片が舞い、頭部の形が変わる。だが直ぐに肉が蠢き直る。しかし元通りには成らず、不気味に盛り上がりが増えた。
『グオオォ』
「臭えな、普段なに喰ってやがるんだ」
だが一当りでこれが並ならぬ脅威だと理解した。しかしそれでも解せない、それだけでどうしてカガールの心が折れる。“これしきの恐怖”で何故。
『ウォオア』
「だらぁっ!」
力強く踏み込み、一瞬で懐に入る。拳を三度振るうと、怪物の腹部が三回弾ける。愚鈍な怪物は抵抗する間もなく連撃を受ける。向こうも堪えた風はなく一方的ながら五分の戦いが続く。
「凄まじい……!」
「とんでもないね、知っていたつもりだけれど」
セレニアとダニアンが言う。
「確かに、だが……」
カガールがその場から跳んだ。同時にどこからか出した大剣を手にしている。
それは怪物の真上に行き、降りる勢いそのままに怪物を両断した。
「なんだ、やる気になったのか」
「いいや、逆だよ」
もぞもぞと未だに死んではおらず、再生をする怪物を尻目に平然と会話を続ける二人。
「君はただの獣だ、そんな者がいるべき場所ではない。ここニアンは」
「そんなの知った事か。それに引きこもりがどうした、急に偉そうに」
「君の相手はそこのような知性もない愚図が似合いだ」
「それに怯えた奴の台詞とは思えないな」
そう言うとカガールが再び、いつの間にか手にした槍を投擲し怪物を串刺しにした。それは槍を放ったにしては大きすぎる威力で、怪物は粉々になった。
「『あれ』は違う。見た目こそ同じだが、『抜け殻』だ」
「抜け殻?」
「そんなことはどうでもいい。あれが最早脅威でないのならば、ここニアンは暫し安泰だ」
「そりゃ良かった」
「だから……」
カガールが崩れ落ちた。なにがしかのダメージがあった訳でもない。それは懇願の姿勢、地に頭を伏せたまま話し出す。その腕は震えていた。
セレニア達はそれを見て驚愕した。
「「カガール(様)!」」
「どうか出て行ってくれ、頼む」
「……なんだその姿は」
「私にはもうこの国を守る、その資格はない。だから君を追い出すことは出来ない、だから君が自ら出て行ってくれ。君がいれば必ずこの国に災禍を齎す」
「そうかも知れんが指示される謂れはない、どうしてもというのなら立って戦え」
「……頼む」
カガールが転がる。理が頭を蹴り飛ばした。
「なにが守護神だ」
「そんな大層なものではないのさ」
更に腹部を蹴り、胸ぐらを掴んで投げ飛ばす。
理がカガールに怒りをぶつける。カガールは抵抗もせず木偶のように転がり蹲った。
ダニアンが怒鳴る。
「あの男はなんだ!何故カガール様も抵抗しない!」
「カガール……」
這いつくばるカガールはセレニアと目が合う。その目に浮かぶものをセレニアには分からなかった。彼女が、今までに見たことがない色があった。
その時メーディは震えていた。
それに気がついたセレニアが話しかけた。
「どうした、嬢ちゃん?」
『駄目です……、これ以上……』
「カガールがかい?そうだ、今すぐ止めに行かないと……!」
『違います!』
カガールの再三の要求。
「頼む……!」
「お前、やはり……」
振りかぶった一撃、直撃すればカガールとて無事では済まない。
そしてその攻撃は防がれた。いや、防いだのではない、掌で受け止めたのだ。
「帰ってくれ」
「ははははは!」
カガールの目揺らぐ。彼が“解き放たれる”。
「私が……、抑えられなくなる……!」
「そうだ、ぶち撒けろ!」
「理、理ぃ……!あああああ!」
「来い!」
「おおおぉあ!」
カガールが吼えた。それは理を揶揄した、獣の咆哮だった。
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