地下鉱山

 カガールがいる中央塔の麓に、人集りが出来ている。その中心にいるのはセレニア、横にはダミアン。彼らはそれぞれの近衛を引き連れて訪れていた。


「どうかお引き取り、ご理解いただきたい」

「断る」

「ニアンの代表が、これだけ姿を見せないとあたしらも心配でねぇ。いい加減積もった案件も多いんだ、流石に困るんだよ」


 グル人のダニアンはその若さも相まって血気盛んであり、やや粗暴な面が目立つ。それを受け止めるのは中央塔の近衛隊長である、オールというグル人の男だ。


「……お気遣い痛み入りますが、どうか日を改めてお伺いください」

「そればかりだ!どうなっている!」

「まあまあ、落ち着きなよダミアンさん」


 一歩踏み出すセレニア。


「そうしたいのは山々さ、でも今回は退けないよ。その答えは聞き飽きたのさ」


 艶のある微笑みをだして空気を支配するのは、セレニアの得意とすることである。


「悪いが無理矢理にでも通させてもらう」

「ご容赦を……」


 一触即発の雰囲気が濃くなる中、新たな闖入者が。


「――ご容赦、出来ないなあ」

「貴方は――」


 今噂の男、理がゆっくりと歩いてくる。横にはいつも通りメーディがいるが、何時にも増して静かにしている。


「俺は首長でも、客でもないが。会わせてもらうぞ、駄目と言っても聞かんがな」


 オールの顔が強張る、この男が本気になれば抵抗など意味をなさないだろう。だがそれでも責務を果たさねばならない。覚悟を決め命さえ掛けようと抗戦の構えを取ったが後ろから影が現れた。


「――手荒な事は勘弁願いたいのだが」

「おう、来たか」


 カガール本人がこの場に現れた、セレニアと理以外の者が驚きに声を零す。


「カガール様!」

「オール、済まないな手間を掛けさせた」


「いえ、そんな……」

「さて、私に話があるのだろう?」

「……そ、そうだ」


 ダニアンが答えるが動揺は隠せない、予定にない出来事で焦っているのだ。


「ならばこっちだ。それと、兵は帰してくれないか。話し合いには不要だろう」

「そうだねえ」

「セレニア!」


 セレニアが承諾したことに異を唱えるダニアン。事前の段取りでは兵で塔を囲み強引に占拠する手筈だった。


「カガール様の言う通り、それともあんたが“やってくれる”のかい?」

「それは……!」


 意味する所を理解するダニアン。カガールをふん縛る、それが出来る訳もないことを彼も分かっている。だからこそ今まで暴力に訴えずやってきたのだ。


「話は終わったか、じゃあさっさと案内して貰おうか」

「ああ良いとも、こっちだ」


 我関せず話を進める理。カガールもそれに応じる、それもまるで理しか相手にしていないかのように。






 塔の中に導かれた四人。向かったのはカガールの執務室ではなかった。乗った昇降機はその階を通り過ぎて更に下へと。


「……一体どこへ向かっているのですか」

「採掘場だよ、ダニアン」


 塔の下、ニアンがあるクレーターの地下には豊富な鉱山資源があり、それを採掘することでニアンの物資の大部分を賄っている。


「そこに何が?」

「行けば、『見れば』分かるさ」


 地面に当たったことで少し揺れた。つまり最下層に到達したことを意味する。


「最下層、今まで立ち入り厳禁だった場所だね。……カガール、様が遠征に行って以来」

「……そうだ」


「何で少し笑っているのさ」

「いいや、何でもないさ」


 ダニアンはセレニアが、カガールに会ってから様子がおかしいことに気がついていた。いつもの余裕が無い様に見える。

 だが口には出せぬまま、一行は進んでいく。坑道は道自体広く、荷車で採掘したものを運べる様に出来ている。その為五人で歩いても余裕がある。壁面に配置された明かりがあるとはいえ視界明瞭とはいかぬ坑道を歩くにはそれなりに神経を使う。やがてフェンスの前にたどり着く。


「ここから先に『それ』はある、安全が保証できないから引き返すなら今だよ」

「カガール様、一体何を?」


「私が今まで外に出なかった理由を、見せようとしているのだ。そうしたら理解してもらえると思ってね」

「理解とは?」


 キョトンとするダニアンを諭すように優しく話すカガール。


「この国を治めるということを、だよ」


 明かりが疎らに、そして今までは太陽石をカバーで覆っていたのだが今は台座に置いてあるだけ。すると途端に明かりは遠くまで伸びなくなる。カバーだけではなく増強の意味もあったのだ。

 地面も均されておらず、暗がりと合わせて悪路を生み出す。


『きゃっ』

「おい、コケんなよ」

「道が悪い、くれぐれも気をつけるのだよ」


『……はい、有難うございます』

「コトワリ君も女の子には優しくしてあげなよ」


 セレニアから注意された。理とカガールは性格において両極端に映る。

 メーディもジト目で理を見るが、やはり意に介されない。


「メーディちゃんはなんで彼と一緒にいるの?」

『目的が、利益が一致したからです』


 セレニアがメーディに話しかける。


「ふうん、けど彼と一緒だと色々大変でしょ」

『そうですね……、ええ。本当に』


 実感と気持ちの篭った言葉にセレニアが苦笑いを浮かべる。


「それじゃあ彼のこと嫌い?迷惑かけられているでしょ」

『……それは』


 二人以外話していないので内容は丸聞こえなのだが。


「ニアンにいい男もいるよ?」

『……あの人も、そこまで。良いところも無くは、無い。ですから、多分、本当に』


 歯切れは悪いが嘘を言っている風はない。それを見てセレニアが口角を上げた。


「へえ」

『何ですか』


「いやいや、頑張りなよ」

『意味が分かりません』


 ほんのり顔が赤いのを、セレニアは気づきながらこれ以上虐めるのも悪いと、教えはしなかった。

 そして小さく呟く。


「……ま、彼が生きていたらだけれどね」




 それから暫く歩けばカガールが足を止めた。


「ここだ」

「む、先が。見えませぬが」


 向こうは明かりがなく見通せぬ。だがどうやら崖になっており、その下に空間があるようだ。


「敢えて明かりを消してあるんだ、『あれ』が動くのを少しでも抑えたくてね。効果があったのかは分からないけれど」

「『あれ』?」


 そう言うとカガールが地面を探る。するとレバーを見つけた、それを操作すると機械音が響き明かりが順番に灯る。


「――な」

「これは……」

「へえ」

『巨大な、『人』?』

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