逼迫
某日、円卓を囲む六人があった。面子は各地区の首長である。過去数度に渡って開かれたこの会合の議題はセレニアとダミアン、ここにいない二人の首長に対する意見交換及び方策である。
持ち回りで行っている議長、今回はゴーワン。いかつい顔のグル族ということをを考慮しても尚、憮然とした表情から堅物と見られることが多いが、その実気さくな人柄で地区の者からの評判はいい。しかして今の彼は普段からは及びもつかないほど剣呑な空気を放っている。それだけ彼らは窮状にあるのだ。
「はてさて、困ったものだ。前回から僅か数日、私にこの役目が回ってくるのはもう少し先だと思っていたのだがね。……つまりは退っ引きならぬ状況、そういうことで異論ありますまい」
腕を組んだままのロッサンが一度解き、肩をほぐすとまた組み直した。余裕のない顔に笑みは少ない。
「まさか、あの男が御されるとはな」
金髪碧眼の女鉄鋼人であるケーニスが髪を撫で、話す。やや年いって子供も設けてはいるが、それでも彼女の美しさは未だ衰えてはいない。
「与し易い、そういう風には聞こえないけれど。ただあの女には都合がよく進みすぎているのは事実でしょう」
彼女はセレニアと確執がある。気の強い女性同士というのもあるが、地区が隣り合っているがために今回の騒動の余波をもろに受けているのだ。
「カガール様は未だ動かぬ、だがこうして集う我らはその忠誠を損ないなどしない。であれば余談を許さぬこの今、動くべきではないか」
ルベリアのジードが唸りにも似た声色で訴える。
そしてそれに反論が起きない。
「だがどうする、民に支持されているものをどうやって引き剥がす?」
「まさかあの男が上に立つわけではあるまい、ならばセレニアの力など微々たるものだ」
「しかしあれ自身もそれなり以上に上手くやっている」
言葉を交わすのはロッサン、ゴーワンとバレッタ。この三人は特にカガールを支持しており、不満も一際である。
「問題はやはりカガール様だ、あの方が動きさえすれば事は容易く収まる」
リュダンが望むことはここにいる者たちの総意ではある。
「しかしあの男、コトワリという者の力は驚嘆に値する。あれの所為でこの窮状が、少なくともここまで早まりはしなかっただろう」
そう、セレニアが望むこと。理の力をもってしてニアンの人々にカガールの絶対性に疑問符を打ち立て、その上で国を治めるために必要なのは力ではないと訴えているのだ。
実際に理の活躍でニアンの周囲は嘗て無いほど穏やかで、出掛けた資源採掘目的の遠征隊が無傷で返ってくるという、ニアンでは信じられない出来事も起きた。そうしたらニアンの人々、特にセレニアの地区に近いものたちはその声に耳を傾けた。その声は日に日に高まり、離れた地区にまで伝播し始めている。
「だかと言って、あの男は粗暴に過ぎる。あれでは獣と変わらぬではないか」
「戦いぶりはまさに獣の如きだと、専らの噂である。……それが評価されるのだから世は分からぬものだ」
「――やはり、あれしかないのか」
「あれ」とは、前回の話し合いで持ち上がった案である。
「あやつらに反対する末がそれとは、なんとも皮肉だが。仕方あるまい、あまりに時間が無い。展開が早すぎる」
合同自治政府。
八地区の代表が集まり、そこで意見調整を行いカガールに提案する。それを承認されれば正式に行動に移す。つまりはカガールを“お飾り”にしようというのだ。これであれば今のカガール、動かぬ状況にあってもその意味を残せる。しかしそれはセレニアが望むものに近い、実権からカガールを遠ざけるものであり、ここの者達にとって本来は忌むべき行いなのだ。
「だからこそ早ければ早いほど良い、その為に今回の緊急会合だ。では議論の後に決議を行おうか」
そこから数時間に渡り意見の応酬がなされた、数日ではあるがその間に取りまとめた個々の意見を取り入れ草案を作る。やがて摺合せも終わり急拵えの仮案が完成した。
ゴーワンが纏めに入る。
「――後はこれをカガール様に呈するのみだが、最後に確認しよう。なにか言いたいこと、異論はあるかね」
沈黙。全員が消極的な賛成。それはゴーワンも含めてだ。
「……そうか、では今回の会合は終わ――」
入り口から兵が一人入ってきて、ゴーワンに耳打ちをした。それを受けて顔色が急変する。
「何だと!」
「どうしたゴーワン殿?」
ロッサンが心配そうな顔で尋ねる。だが耳に入っていないようで、机を叩き立ち上がった。
「やられた、あの女!狙っていたか、知っていたのか!」
「だからどうしたと言うのだ!」
血走った眼で見回すゴーワンに威圧される。
「セレニアとダミアンが私兵を引き連れて塔を囲んでいるのだ!反乱が起こっている!」
「このタイミング、まさか会合の情報が漏れて……?」
既に事は起きている、つまり彼らは後手に回った。慌てて全員立ち上がりそれぞれに動き出す。その中にあってロッサンがゴーワンに尋ねた。
「どうされる気ですか」
「どうもない、向こうがその気ならこちらも手段は選ばんということだ」
それはつまり――、聞く間もなくゴーワンは去っていく。
ニアンの危機。ロッサンの頭を過る言葉。それがまさか内側から起ころうなどと、誰が想像しただろうか。
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