休日
道を歩く男に人々が声を掛ける。
屈強な狩人がにこやかに。
「やあ、アンタか!今日も行ってきたのか?まったく敵わないなあ」
露店の店主が和やかに。
「おお、精が出るね。どうだ串焼き喰って行きな!一本やるよ」
道行く女性たちが黄色く。
「「頑張って下さいねー!」」
緑の髪の少女が眉を顰めて。
『……おかしい、皆おかしいですよ……』
「失礼な」
理とメーディが並んで道歩く。先程から人々から歓声を浴びているのは理である。
セレニアとの会談から十五日。理はニアンでの立場を確かなものにしていた。
彼女の提案はこの国で比類なき強者だと、『全ての国民』に知らしめるというもの。そうしていけばカガールの地盤は揺らぎ、やがて人々は離れていく。そうしたらば彼も立ち上がらざるを得なくなるのだと言う。
ニアンの民はカガールの強さにこそ絶対の信頼を置いている、不安定な国の位置を保証する唯一がそれであるからだ。それを失っては立場もなくなるというもの。それでカガールが奮起しなくてはもうどうにもならない、理はニアンを出て行く。セレニアはカガールに替わり国を治める。
言われるがままは腑に落ちない理だが、已むを得ない。カガールの強さは間違いない、それだけの期待があるからこそ本意でないことをしている。
彼から何をするでもないが、人々の信頼は厚くなる。それを無下にしないのは、払い除けないのは彼にしては凄いことなのである。
実際メーディには違和感しかなく、少し気持ち悪さすら抱いている始末。
『ここまで反応が変わるなんて、単純すぎますよ……!』
「お前こそ、俺のお陰で随分伸び伸び生活しているじゃないか」
当初メーディが受けていた偏見の眼差しは理の活躍に比例して減っていった。だからこそ今は帽子を被らずに外を闊歩できるのだ。
そしてもう一つ、過ごしやすくなった要因がある。
『しかし未だに慣れません、『通貨』には』
「確かに俺も煩わしくはある」
地球に存在するものとはやや意が異なるが、ここニアンにも貨幣はある。物々交換の代替品として機能し、しかして価値は政府が保証するので変動しない。仮に食物が不作で減ったとしても、事実一カ国しかないのでニアンの中でバランスを取れる、分配は容易なのだ。
因みに理が煩わしさを感じるのは、彼がトンと金銭に触れていないからである。欲しいものは寄ってくる、そういう生活が長かった弊害である。
『正当な働きの対価がこのような『丸板』だとは』
「コインな」
そしてこの金銭、稼いでいるのは殆ど理である。
メーディも稼いではいる。それもニアンの民が稼ぐ平均よりもやや多い。彼女は聡明で毅然としているので狩人の受付で活躍している。リーバイルが口利きをして斡旋してもらった場所だが、今ではマスコット的な人気者である。血生臭い戦いの後に会うのが可憐な女子なのは男多き狩人には嬉しいことなのである。
だが彼女の働きを遥かに上回る、理の活躍は凄まじい。概ね狩りで稼いでいるが、一説には今のペースで一年もすればこの辺りの獣は一掃出来るのではとさえ言われている。
既に慎ましく生きればニアンで一生働かなくてもいられる程度には稼いでいる。
今も貴重な肉類を口いっぱいに頬張っている。自分で獲ってきたものだが。
『しかし暴飲暴食が過ぎるのでは』
「……ごくん。これぐらい必要だし、困らん」
『この家もここまで豪奢である必要があるので?』
「仮住まいったって住みやすいに越したことはないだろう」
彼らが行き着いた場所は今暮らしている仮家。街の中心街に近いながら広い敷地を有する。働きには正当な対価を。そういう心があるニアンにおいて優れた者にはより良い物が与えられるのだ。
この家は前に宿主がいたが、理に“譲った”のだ。
自分よりも国にとって有益だと思ったが故の行動であり、ニアンではそう珍しいことではない。――名人と謳われる加工職人が行うのは稀であるが。
家に入ると中の家具も一級品であり、見るもの全てが羨む生活を送れるだろう。だが理という男はそういったものに、有り触れた平穏などに興味はない。ニアンに於いては尊ばれることなのだが。
使用人が綺麗に整えたベッドに無造作に横たわる。靴も履いたまま、汚れを落とすことさえしない。
『何度も言いますが、その姿勢は間違っています。ケミイさんの努力をもっと大切にすべきです』
「何度も言うが、知ったこっちゃない。俺の家だ、好きにして何が悪い」
この家に元々いた使用人、総勢十名が常に家を管理している。料理人もいるのでいつでも豪勢な料理が愉しめる。
『しかし本当に、腹が立つほど慣れていますね。こういう生活に』
「腹立たしいが慣れている。――嫌って言う程な」
怠惰は忌むべき物。しかしカガールと出会って以来、理にはどこか“余裕”がある。メーディはそれがずっと気になっていた。
『理さんは、何を“待って”いるのですか』
「その時が来たら分かるさ、なあカガールさんよ――」
その笑みに、メーディは悪寒を覚えた。
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