密談

 執務塔を無事出ていった二人。その際に些細な問題だが、案内人を置いていったために来たところとは別の出口から出てしまった。当然繋がるのは別の地区であるが、特段他地区に入るのに支障はない。そもそも理はあまり気にしていない。

 その時前から誰かがやってくる、近づいてくるのは女性、後ろに人を引き連れている彼女は凛々しくそして逞しい。赤い長髪を流しながら歩き片側にあるウェーブの掛かった前髪が特徴的だ。眼は細く鋭く、色艶の良い唇はきつく真一文字に結ばれている。理に近い170後半の身長に締まった手足。見るからに戦士と呼べる威風ある人間だ。

 それは理に気が付くとつかつかと近寄りすれ違うかと思われたのだが、ふと足を止めた。


「……あんた、見ない顔だね」

「……」

『……そうでしょうか』


「ああ、記憶力には自信があるのさ。初めて見る。それに見たことがない人種だね」

「だから?」


 愛想のない、ぶっきらぼうな返し。メーディが苦笑いを浮かべる。


「――そうか、君がコトワリ君かな」

『何で知って!?』


 メーディを見て微笑む女。その妖艶な表情を見て何故か彼女の背筋に寒いものが奔る。


「そりゃあ有名人だよ、今話題の。まああたしの耳が早いからってのもあるけれど」

「用があるのか、美人さん。デートの誘いでもないのなら行くが」


「そうねえ……」


 品定めするように上から下まで舐めるように見る女。少し顎に手を当て考えた後に口を開いた。


「うん、そうだね。ここであったのも何かの縁、ちょいとお話しようか」

「良いのか、あそこに用があったのでは」


 女の笑みが深まった。一歩詰めると理との距離がほぼ無くなり、見上げるように話す。その様子にメーディが顔を赤らめて手で覆った。


「ふふ、あたしの用は今“終わった”。ならここにいる理由もない。立ち話もなんだ、あたしの部屋で続きを話そうじゃないか」

『ななな!』


 悲鳴にも似た声で騒ぎ立てるメーディ。


「なんだいお嬢ちゃん、素っ頓狂な声して」

『貴方こそ何を言って!こんな公衆の面前で!』


 ニヤニヤ笑いだした女は誂うように言う。


「なにを想像しているんだか、嫌だねえ」

『わ、私は何も!』

「――おい煩いぞ」


 黙らされたメーディ。


「可愛いお嬢さんこと、じゃあこっちだ。――そうだ、まだ名乗ってなかったね」


 一度歩き出した所で振り返り笑ってみせる女、その顔はやけに挑発的で、理にも不思議だった。


「セレニア、この先にあるニーベルサリアの首長をしている。そして……」


 塔の方に目を向けて、大胆にも言い放った。


「あんたと同じ。カガールを“殺してやりたい”のさ」

「――へえ」


 理の勘が囁く。この女は理の『目的』に使える様な気がして。






 ここ最近良く見る首長の役所。細かい部分に差異はあるものの、概ね作りは同じ。その中にある執務室にあっては首長の個性が出るらしい。同じ女の首長であるバレッタの執務室は綺麗な装飾品が置いてあり優雅な雰囲気であった。それに比べてセレニアの執務室は……。


「これはこれで」

『物騒な……』

「ふふ、どうだ。私のお気に入りのコレクションだ」


 部屋の一面、壁にかけてあるのは「武器」の数々。剣に斧、槍に斧槍。形様々な武器が所狭しと飾られている。見た目よりは質重視といった風で怖さを感じさせる。

 理にはそれなりに興味を示させるアイテムだがメーディにはまるでどうでもいい品々。

 他にといえばこれと言った装飾品はなく灰色の部屋に事務用品、書類が無造作に置かれている。

 そしてこれまた質実剛健な飾り気のない角張った黒いソファ、それに腰掛けて途中だった話を再開させる。


「――それで、随分と物騒な発言をなさっていたが」

「ははは。あんたの方がよっぽどだとは思うけどね」


 微笑み話すセレニア。妖艶な様子は地であるようで、仕草一つ取っても色気を醸す。それがメーディには苦手な用でずっと不貞腐れている。


「気になっていたんだ、途轍もない新入りが来たってね」

「世辞は嫌いだ、本題に入れ」


 足を組みふんぞり返る理。彼は常にではあるが、どこでも主のような不遜な態度で振る舞う。


「あたしもだ、気が合うよ。そうね、どこから話したものか……」

「『あれ』がああなったのは何時だ?」


「……つい最近だよ、この間遠征に行ってね。定期的に行っているものなんだけれど、カガールにしか倒せないものがいるから、それを探しに時々出るんだ」

「そこで何かがあったと」


 セレニアが目を細める、それは何かを懐かしむようであった。


「一体何に出会ったんだか、それ以来めっきりあの塔から出てこなくてねえ。巷じゃ退任するのかなんて噂も出ているよ」

「出てこないんじゃあ仕方もなかろう」


「あたしもそう思っているよ。けれど他の首長共は違うみたいで、どうしてもあれに続けて欲しいらしい」

「まあ俺も、気合が入り直すのは期待しているが」


「ああ、そうだったか。……そんな訳であたしはさっさとあれに退いて欲しいのさ」

「で、俺に頼みたいことでも?」


 笑みを深めたセレニア。


「殺したいってのはあたしの個人的な思いだけれど、退いて貰うにしたって先ずはあのお城から出てきて貰わなくちゃいけないのよ」

「案はあるんだろうな」


 理の瞳をじっと見つめ、頷いてみせる。


「寝ぼけた王様には、キツい気付けが必要だろうさ」

「……寝ぼけた、ね」


「何か言ったかい?」

「……いいや、なにも」

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