一念岩をも通す

「許さん!」

「知るかよ」


 モコモコ、巨大な木の蛇はその巨体を、怒りのままにしならせて地面に叩きつける。理が砕き、川が流れ込んでいる岩肌が更に荒れる。大小様々な岩が宙を舞い、メーディらの頭上に降り注ぐ。危うく躱し続ける中で、必死の懇願をするが聞こえる様子はない。理はモコモコを止めるどころか、挑発し煽っている。大振りな攻撃を難なく躱しては、声を掛ける。


「ほらほらどうした、俺が見えないのかい」

「黙れ、今すぐ潰してくれるわぁ!」


 怒り狂うモコモコはどんどん周りが見えなくなっていき、攻撃も雑になる。幾らリーチが長くとも、それに当たってやる理ではない。ひょいと避けては嘲るように蹴りを放つ。それが側頭部に直撃すると、横向きに倒れ込み、雄叫びと地鳴りが大地に木霊する。


「あんぎゃあ!」

「なんだ、でかいだけかよ」


「あのモコモコがいとも容易く、まるで赤子のようではないか……」

『山がぁ、川がぁ……』


 理由は違うが傍観者二人は嘆き、言葉を漏らす。

 勝負ありに見えたが、モコモコは直ぐに立ち上がる。


「まだじゃあ」

「しぶとさはまあまあってところか」


理が腰に下げた剣に手を掛けたのを見て、止めるしかないと腹を括ったメーディ。大規模な自然破壊を嘆き悲しんでいたが、戦闘の間が空いた今が唯一の機だと捉え一際に声を張り上げた。


『待った、待ったー!』

「なんだよ」

「なんじゃ小娘……!」


『私たちは別に、貴方を倒したくてここに来たのでは無いのです!』

「……そういや、そうだ」

「では何故こんなことをした!」


 モコモコが尾で岩を打つと、滴っている水が撥ねた。


『それは……、私達もこうしたくてしたのでは……』


 メーディが恨めしそうに理を見るが、軽く流される。


「儂は昼寝の途中だったのだ、それをこうもされたとあっては腹の虫は収まらんぞ!」

「昼寝?」

『昼寝?』


 聞き捨てならぬ言葉を聞いたと、メーディが反応する。


『あのう、どれくらい寝ていらしたかご存知で?』

「うん?そうじゃ、あの時はちと寒くてな……。いつもより深く潜ったのだ、それから……。それから?」

「こいつ……」


 メーディと理が顔を見合わせ、デグを見る。


「ううむ、流石はモコモコ。昼寝も長いものだ、……その尾よりも長いやもな!はっは」

「なんじゃお前、美味そうな奴だな」


 蛇がカエルを一睨み、成る程敵わぬ通りだと理は合点する。


「儂じゃ、モコモコ。覚えておらんか」

「だから儂をモコモコと――、もしやあのガキンチョか?」


 目をパチクリとさせデグをしげしげと眺めるモコモコ。


「ガキンチョではないわ、今はデグという」

「――おお、まさかあの小僧が!でかくなったのう!」


 先程までの怒りは霧散し、久しい再開を喜ぶモコモコ。


「なんだ、仲良いんじゃねえか」

『なんとも雄大な時間感覚ですね……』


 蚊帳の外になった二人が、二匹が旧交を温めている様子を見ている。


「それでどうじゃ、まだお前は海に挑んどるのか」

「あったりまえじゃ、そう。その為にモコモコに会いに来たのだ」


「ほう」

「その羽根をくれんか?」


「――む?」


 暖かな空気が一変、モコモコから再び剣呑な空気が漂いだす。


「なんじゃ、くれんのか」

『ちょっとデグさん……』

「やはりか、お前も変わっとらんな」


「は?」

「儂から羽根を奪うとは、その意味を分かっておるのじゃろうな」


「当然じゃ、それがあれば海も――」


 デグの鼻の先をモコモコの尻尾が掠めた、地面に亀裂が入る。


「儂の羽根は儂の命そのものじゃ、これを奪うのならば、命を掛けて来い――」


 怒り狂っていた時とは違う、威厳に溢れる、長い時を生きてきた生物が出す、圧をモコモコが纏う。


「……そうか、やはりこうなるのか」

「どうした、逃げるか『ガキンチョ』」


 そう言われデグの目に火が灯る。


「いいや、海に出るは儂の積年の願い、悲願。これしきのことで怯むものか!」


 張り詰めた空気が二者の間に生まれる中、理にメーディが話しかける。


『あの、もしかしてデグさん……』

「ああ、とんだバカ野郎だな」


 呆れた顔で見ている理。止めようと足を出しかけた時、地面が揺れた。まだモコモコは動いていない。


『なにが……!』

「――やっぱり」


 理は山の上を見る、煙が岩の隙間から吹き出している。それを見てポツリ呟く。


「……少し暴れすぎたかな」

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