モコモコ
デグの提案に乗り、『生きている大木』を探すことになった理。厳密には他の木々も生きているのだが、ここで言う生きているとは木でありながら生物だということ。理解しがたいがそういうものもある、そう簡単に納得した理。その順応性の高さはこの世界において、或いは最も必要とされる素養かもしれない。
だが二人は疑問に思う、木を探すというのになぜ『戻っているのか』。つまり二人が来た岩山を登っているのだ。その先には例の霧地帯。木などろくに見た覚えがない。デグが謀った、そういう風にも出来るとも思えず、大人しく付いていく。
実際には理が尋ねたがはぐらかされて終わった。「楽しみにしていろ」デグはそれしか言わない。しかし見えるのは灰色の岩と苔ばかり。この辺りはまだ霧が薄く、見通しもそれなりに効くがこれ以上進めば探しものどころではなくなる。
「おいデグ、いい加減教えろ。もう半日は歩いている、それでも言わんというなら……」
「――ぜえ、喧しい。そろそろだ、あとちょっとで……」
多量の汗を流しながらそう言うデグ。
「おいおい、大丈夫かよ。デグ“お爺ちゃん”」
「黙っとれ、ちょいとばかし熱いのが苦手なだけだ」
カエルだしな。変温動物という言葉が頭をよぎる理。
「しっかしどこに気があるっちゅうんだ」
「――はあ、いい加減気づかんか」
「何がだ」
「さっきから“見えている”のだぞ」
キョロと首を振る理だが、木など一本も見えない。
「下だ、下」
「……は?下にゃあ苔しか」
「それよ、それが『モコモコ』だ」
「はあ」
『ええ?どこが、木なのですか』
「モコモコは、葉がモコモコしとるからそう呼んどる。だから海の中じゃよく動くだろう、それに頑丈で且つ『軽い』」
「よう分からん木だな」
『それで、どうすれば……』
ぱちくりと惚けた様子で二人を見るデグ。
「……おいまさか」
「考えとらんぞ」
『は?』
思わず眉を歪め睨むような表情になったメーディ。困ったようにデグが話す。
「いんやあ、あれを見たのは未だ儂の『尻尾』が残っていた時でな、その頃は未だ“歩いていたり”していたんだがな。如何せん硬いわ強いわで、どうにもならんでな。そんで忘れた頃に見れば地面に埋まりだしておって、それでも強いもんで放っておくとあれよあれよと……」
「いや、もう少し定期的に見に行けよ……」
「無理だぁ、なんせ何度と行こうとしたがその度に山が火を噴いてな」
「ああ、まあ湯が湧いているんだから当然か」
『山が、火を噴く?』
知らぬ者からしては当然の疑問だが、スルーされる。不服なメーディは理を突くが軽く払われる。
「因みに、前に噴火したのはいつ頃だ?」
「数えちゃおらんが……、いつも火を噴く前にはこうして山全体が熱くなっとったなぁ」
「……嫌な予感がするが、まあ仕方がないか」
『……何か今、大事なことを聞き逃したような』
頭に受けた手刀で一時ふらついていた彼女は、恐らく最も重要な部分――それも生死に関わる――を欠いたまま進むこととなる。
「そんで、どうすっかな」
「掘るのか?」
「時間がかかり過ぎるだろう」
「儂は時間がかかってもいいが」
デグの言うものは、理にして気が遠くなるような感覚である。それを分かりはしないまでも、デグの生きている時間を鑑みておおよそ理も察する。なので首を振って反対を示す。
「その、モコモコってのは“生きている”んだよな?」
「そう言っとろうが」
「ふむ」
『駄目です』
理の腕を掴んで引っ張り、静止するメーディ。彼女の直感がそうすべきと訴えたのだ。しかしメーディは忘れていた、最近の“大人しい”理に少し慣れてしまっていたのだ。理という男は、『人の話など聞かない』。それをこの時ばかりは甘く捉えていたのだ、言えば考え直してくれると。
だが願いは叶わず、その傍若無人な男はズカズカと何処かに歩いていく。方向は川がある場所、デグと二人、見守るだけとなった。やがて姿が霧に隠れ見えなくなると、遠くで轟音が聞こえた。その少し後に、理の大声が届いた。
「おーい、その辺り離れたほうが良いぞ」
『!』
「なんでだ」
尤もな疑問を抱くデグだが、メーディの反応は劇的だった。身長差があるので、デグの腿を揺すると訴える。
『早く、早く離れましょう!』
「お、なんだ。なんでそんな必死に……」
すごすごと従うが足取りはゆっくりとするデグをメーディが急かしていると、また遠くで音がした。それから音が更に二度響くと、今度は違う音色がやはり大音量で聞こえた。そしてそれがなんなのか、二人には分かった。デグはまさかと思いながら、メーディは確信を持って正体を声にした。
「『水が来る!』」
霧の向こうに、薄っすらと見えた影。最初は低く、だがどんどんと近づくに連れてその量が分かる。メーディが見た、温かい川を流れるほぼ同量、同じ幅の水が押し寄せる。追うようにもう一度轟音、これが何の音かも、二人は理解した。『地面が割れる音』であった。その音と同時に岩が盛り上がり、二つに割け、そこに水が入り込む。つまり理は今、“川を作っている”のだ。既存の川から、地面に溝を作ってそこに誘導している。そしてそれが行き着く先もまた、分かっている二人。
「あれを“溺れさせる”つもりか!」
『自然を大切にー!』
メーディの訴え虚しく、既に大規模破壊は行われてしまっている。トドメとばかりに一際大きな破壊音が響くと、二人が離れた、モコモコのいる場所を見下ろせるところから、モコモコの周辺にまで達した割れ目に流れ込む熱湯が見えた。
夥しい水量であり、そのうち溢れるのだがその後は考えているのだろうか。絶対にないとメーディは断言するが、結局最後は放置することになるであろうことに胸を痛める。彼女は理というものが『災害』だと思うことにして己を納得させた。
下にかなり深く、そして隙間があるようで中々水が溢れはしない。理も戻ってきてその様子を見ているが、一向に変化は見られない。日が落ちる前に、食料調達に向かおうとした時にその穴から声がした。
「うおらああー!誰じゃあ、おらが顔に湯をぶっかける奴ぁー!」
地鳴りとともに、苔に見えたモコモコの葉が動き、やがて地面を突き破り目当てのものが現れた。
「おお、あれじゃ。あれが確かにモコモコ!」
「誰だ、儂をモコモコっつう奴は!二度と呼ぶなと言うたろがぁ!」
姿を現したモコモコとは、確かに木でありながら生物であった。だがあまりにもスケールが違う。海食いまでとは言わないが、小山に近い巨体、大木。幹と言うべき部分はまさに木、薄茶色で木目が見て取れる広葉樹に近い造形。それに生える枝が伸び、そこに例のモコモコした木が付いている。だが全体を見れば意見は変わるだろう、それは『蛇』。羽の生えた蛇である。出現した割れ目から先細い頭を伸ばし縦に長い瞳孔で、上空を眺めている。三人よりも下にいるのにかかわらず頭はそれよりも上にある。羽とも枝とも見える、多くのそれを左右に開き威嚇のように唸っている。
「うるあぁ、誰じゃあ。眠っとんだぞこっちは!」
「いかんいかん、怒り狂っとる」
『そりゃあんな起こされ方したら……』
二人はその威圧感に萎縮しているが、気にもしない男は声を掛ける。
「こっちだ、こっち。蛇で木のおっさん、モコモコ」
「ああ?どこから呼んで……、痛っ!」
「ここだって言ってんだろ」
空を見上げるモコモコの顔に石を、岩を投げつけた。
「なにしとるんじゃ!」
『ああっ』
驚きに声を荒げるデグと、顔を抑えてふらつくメーディ。モコモコは理に気が付くと、長い舌を口から覗かせて、地を唸らす大声を出した。
「貴様かー!」
「だからそうだって言ってんだろ」
上空八メートルにある頭、つまり体長はその二倍ほど、太さは直径三メートル。それが頭を先に降って来る。理は片手で受け止めるが、余波で二人は転がった。
『なんでこうなるんですかー!』
その答えは、彼が理だからと言う他にないだろう。
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