師弟
火を囲んで座る三人、デカガエルもとい『デグ』メーディらの言葉で巨人の意だ。メーディがデカガエルはあんまりだと名付けた。デグの反応は大して変わらなかったが。
デグの横には彼が教えた猟場にいたムクムク(デグが言う種族名はすべて彼の命名による)を食べた跡、骨が散乱している。ムクムクはその名に違わぬ肉付きのいい四足獣。焼いただけだが肉汁が溢れ、なぜか塩の効いた味。
その所為もあって理の横には更に多くの骨が落ちている。あまりにも狩り過ぎるのでデグが「ここのムクムクを絶滅させる気か」と怒る一幕もあった。
デグが二人の協力を拒んだこともあって会話は最小限であったが、他者との会話が新鮮だったのかポツリポツリと些細な事から話し出すと、次第に言葉に勢いが出だした。
「なんと、あの山の向こうにはそんな場所が!」
「行ったことねえのか」
「うむ、儂は生まれてこの方ここより離れたことはない。ずっとあの海に挑み続けておるのよ」
『それは……、どのくらいの間?』
「ん?そうさなあ、数えちゃおらんが……。昔あの山はもう少し低かったような……」
「おいおい、おかしいだろ。どんだけだ」
『山が成長するほど長く……』
褒められたと思ったのか、それともそれだけの時間を掛けて海を越えられないことを恥じたのか。艶のあるオレンジ色の頭をぽりと掻いた。
「お前さん達は海の向こうにどうして行きたいんだ」
「どうもこうも、行きたいからさ」
『向こうの世界が見たくて』
「そうさな、そりゃそうだわな。だけども……、なんつうかなぁ。こうして話したこともろくに無いからな、上手く言えないが……。なんで『海』なんだ、お前たちはあの海を見てなにを思った」
「変わってんなと」
『大きいなと』
目を見開きメーディを見る、それを受けてメーディが慄く。
「そう、そうだ!あの馬鹿でかい、あれに儂は惹かれたんだ。初めてみた時から――」
憧憬を感じさせる眼差しで海の方角を見たデグ。
「おい」
「――おお、すまん。つい、誰かにこうして言うのも初めてだから熱くなってしまった。それで、お前さんだ」
理を見るデグ。
「そっちの嬢さんは分かる、それは純粋だ。儂にはない、澄んだ心が見える」
『メーディです』
「俺は?」
「分からん、だから聞いている。お前の眼は、まるで見たことがない。いや、人間など殆ど見たこともない故、詳しくなど無いが。それでもお前さんが他と違う、『異常』なのは分かる」
「……そう難しいこっちゃないと思うがなあ」
心からそう思っている様子の理は頭を捻る。
「つまり?」
「俺はもっと大きいものを見ている、だから海なんて“ついで”なんだよ」
元々暖色の顔を更に赤らめたデグ。自身が憧れるものを侮辱されたから、違う。恐怖したのだ。
「お前さんは……、海を畏れぬのか。あの威容に心は揺るがぬのか」
「そうだなあ」
「生き物は、儂が見てきた何万の生物は海を畏れていた。だから儂はそれに挑むのだ、だがそれを更に、歯牙にも掛けぬ男がいようとは……」
「そんなチンケな場所に興味はないさ、面白い形ではあるけどな」
それを聞いて黙りこくったデグは一人で頷く、何かを確認するように、何度となく頭を動かす。やがて顔を上げて目を開いた。
「……よし、分かった」
「なにがだ」
唐突に頭を下げたデグ。
「お前さん、いやお主を儂の師と仰がせて貰う」
『ええ?』
「嫌だよ」
「嫌とは言わせぬ、なんと言おうと手伝って貰う」
「師匠を使うのかよ」
「細かいことは気にするな、それよりもどうだ、返事は!」
「何をするかも分からんちゅうに」
おお、と手をポンと叩いたデグ。
「すまんすまん、気が急いてしもうて」
「で?」
「儂の長年の夢、それを叶えるために必要と思いながらも一人ではどうにも出来なんだ」
そう言いながら目の間の傷を撫でる。
「生き物か」
「そうじゃの、そうとも言える。が、そうとも言えぬ」
「どっちだよ」
「“どっちでもある”のだ、なにせあの『木』にゃ『羽』が生えておる」
「へえ」
『そんなものが……』
「それを毟って使えば、どんな荒波にも耐えうる翼が作れよう!」
「そいつはどこに」
横に大きな口をニンマリと伸ばす。
「見ての楽しみ、そう言っておこうか」
「こないだもそんなこと言われたな。まあいいか、そいじゃ」
手を差し出す理。
「む」
つられてデグが同じようにする。それをガシと掴んだ理。
「精々案内頼むぜ、デカガエル」
「――デグ、らしいぞ儂は」
眠ったデグの横に座る理に話しかけるメーディ。
『珍しいですね、貴方があんなことをするなんて』
「握手か?」
コクリと頷く。
『あれにどのような意味があるのか、私は知りませんが。とても友好的なことに思えました』
「そう、そうだな。ああいう馬鹿は嫌いじゃない」
そう言い残し頭の後ろで手を組み、眠った理。
『――単純な人』
その満更でもなさそうな寝顔を見て、メーディが小さく微笑んだ。
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