海へ
一休み
ニアンを無事旅立ってから早三日、行程は順調と言えた。それはメーディ目線では異なる見解になるが。つまり多くを倒し、喰らい、危険に触れて回る。まず通ったのはニアンから近くの鉱山。灰色の岩山を登り、そこにいた四足動物の群れに囲まれたが、理の一睨みで蜘蛛の子を散らすように逃げていった。しかし追いかけ群れを全滅させた時は、メーディがさめざめと悲しんだ。そこまでしなくても良いだろうと。
しかし進むに連れ岩肌に『苔』が目立つようになった。そしてメーディが湿気に敏感に反応した。その通りやがて霧が二人を迎えた。最初こそ遠くが見えづらい程度だったのだが段々と霧は深まり、今となってはすぐ前も見えないぐらい濃くなっていた。この霧は視界を覆うだけでなく、熱気を伴っている。どこかで湯が湧いているのか、人肌にはやや“熱い”。理は平然としているが、メーディは少し辛そうにしていた。
だが何故か直ぐに平気そうに振る舞うようになっている。
「なんでだ」
『熱を遠ざけています、水分も避けられますが消費が激しいのでそれだけでも』
「便利だな」
『偉大な力です、精霊には感謝が尽きません』
メーディら、モードゥ族そのものの環境適応力は決して高くはない。神官の中でも特に精霊に対して真摯なメーディだからこそ、である。そして彼女は機転も利く、状況で柔軟な行動が取れる。これは理も口にすることは少ないが、内心評価している。
「しかし歩きづらいな」
『これは何故、地面から水が湧いているのでしょうか』
「海、じゃないか。川かなにかが近くにあるのかも知れん」
『そうなのですか、よく分かりませんが。海は近いのでしょうか』
「知らん――、あ」
『え、……うきゃ!』
理が垂直に脚を振り上げた。真横にいるというのに、それも何となくしか見えなかったメーディだが、理の行動と上から降り注ぐ液体から事態をある程度把握した。
『なにかいたのですか』
「うん、『なにか』いた」
見えもしない、見もしないで迎撃して相手が消し飛んではどのような生き物だったのか分かる訳もない。このような出来事はここに来てから何度となく起きており、メーディも慣れてしまった。
歩けば歩くほど足元の水音は大きくなり、脚の地面への喰い込みも深くなる。それから程なく、理の耳に水が流れる音が入ってきた。導かれるように進めば理の言葉通り、川に出くわした。当然というべきかそれを流れる水も熱湯であった。
「うーん」
『どうしました?』
川を前に佇み、何やら考え込む理。するとおもむろに服を脱ぎだした。
『ほえ!』
「……よし!風呂だ!」
『風呂?』
「熱い湯に浸かるのだ」
メーディは理が突然脱いだことに、行動の意味がわからず奇声を上げた。それは裸を見たことに対してではない。彼女にしてはなんなら服を着る意味が分からなかったりする。メーディが見ている内にザバザバと川に入り体を洗い出す理。
「おー、熱い!だが気持ちいい!」
『へー、よくそんな熱い水に浸かれますねー』
熱を遠ざけているだけで耐えているわけでもないメーディが浸かるなぞ出来はしない。体を洗い終えた理が軽く泳ぎながらいると、上流から音がした。
「鮭?」
『魚ですね』
鮭の遡上を思わせる、魚の群れが水面を跳ねながら向かって来ている。それはロケットのような形状をしており、水深が数メートルある川を貫くように泳いでいる。この世界の例によって大きく、二メートル以上あるそれは鮭というよりマグロの様相。
理を狙っているわけではないが、軌道線上にいる理にぶつかる勢いだ。しかしそれを避ける彼ではない。彼は常に狩る側なのだ。
「よっしゃ!」
全ての魚に用があるわけではない、理的には二、三匹あればいい。向かってくる群れに突き進み泳ぐ。上手くそれを躱しながら標的を定めしがみついた。そのまま反り投げの形で放り投げメーディの横に落下した。必死に暴れるそれに、更にもう一匹降りかかり、最後にもう一度投げ飛ばすと理が川を出てとどめを刺した。
そして火を焚くことも出来ないので“生”で食べる。寄生虫など心配すらしていない、それも消化できる鋼鉄の胃である。彼は昔、鉄を食べたことがある。出来る気がしたと言い、結局彼はそれを吐き出すこともなく今も元気に生きている。
「美味い」
『……死因が魚の圧死にならなくて良かった』
理の憩いですら、周りの者には死の危険が付きまとう。
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